第25回

3月号


 『クイール』

 宣伝を担当した『ヴァイブレータ』の寺島しのぶが出ているというので『クイール』を見た。人間の死を彩る犬。過去はともかく映画の中で描かれる小林薫の人生は、クイールとの出会いが無ければ、目に見える訳はないが、かなり色彩の乏しい無彩色の世界になっていたであろう。また香川、寺島との出会いがなければ、クイールの死はもっと孤独な単なる犬死に過ぎなかったであろう。

 犬が豊かにする人生、犬を豊かにする人生、犬と人間の共生。そんなことを描きたかった訳ではなかろうが、犬が主人公ではなく、人間が主人公であるわけでもない、犬と人間の共演が見事に成立したまれな映画である。小林薫、丸山昇一、崔洋一、すべてかつてはこういう映画をつくる人たちではなかった。確実に、彼らは年月を経て変ぼうした。

 状況劇場の小林薫、『処刑遊戯』の丸山昇一、『十階のモスキート』の崔洋一。何10年の後、クイールに関係するやかつてのイメージを転換して、状況の、『処刑〜』の、『十階〜』のとは想像できない程に変ぼうした。クイールとの出会いが、クイールにとっての出会いが、映画に関係したそれぞれを変えたように、現実の人々も、そして私も、これからの出会いが、人生を変えるかもしれない。

 名取裕子、寺島しのぶ、やはり犬好きならではの演技なのだろうか、いや何よりも犬が演技するとは、驚きながら見ていた。

 『クイール』は3月13日(土)より丸の内プラゼール他にて公開。


●市井義久の近況● その25 3月

 春めいて来た。春は夜の色がちがう。2月20日(金)テレビ朝日の「ニュースステーション」を見ていた。宣伝を担当した『ヴァイブレータ』の寺島しのぶが最後の晩餐というコーナーに出演していたからである。
 私は最後の晩餐に何を食べるのだろう。ごはん、みそ汁、おしんこ、シャケ、玉子焼。メニューはこうである。生まれてからではないが、物心ついてから15才まで自宅で生活していた期間、及び結婚生活を送っていた5年間、朝食は私の希望で判を押したように同じメニューであった。いや私の希望というより母も妻もそういうものだと思っていたのであろう。15才までは、お米も野菜も味噌も玉子もおしんこもすべて自家製を食べていた。ニワトリも自宅で飼っていた。さすがシャケは自家製とはゆかないが、結婚してからも、米ぐらいは自宅から送ってもらっていたと思う。思い出に残っている食べ物、料理は色々ある。しかし最後というと、ごはん みそ汁 おしんこ シャケ 玉子焼となりそうな気がする。

 思い出に残っている食べ物の1つにフグチリがある。映画の仕事をスタートした最初が製作宣伝と映画館の番組編成であった。3館あり、その1館は名画座でどんな番組編成をするか、知恵を授かりたくて、紹介を受けて初対面の人に会いに行った。「会社に帰らなくていいんだろ」「何食べたい」「ごちそうしてあげるんだから食べたいものとか食べたことのないものとか言ったほうがいいぞ」。
 私はその頃、フグもスッポンも北京ダックもサンゲタンも上海ガニもフランス料理も食べたことはなかったが、「フグ」と言った。そしたら、鹿鳴館の跡地のビルのB1でフグのフルコースをごちそうしてくれた。20年以上前で1人2万円はしたと思う。たとえ会社の経費で落とすにしても、2人で4万、もう名前も忘れてしまった。その頃、私とあまり年もちがわない、第一広告あるいは第一企画の社員の方であったと思う。映画の話ができるならということであった。
 それとフランス料理、カンヌの郊外の山の上に建つムーラン、ムージャン?1時から5時まで4人で行って10万円、昼食で1人2万5千円。高いじゃないかと言ったらヨーロッパには貴族がおりますと返って来た。これも忘れられない台詞であった。
 フランス料理はもう2回、皆が逃げてしまって『友達』を宣伝していた時、新潮社の人と安部公房と(もはや2人とも故人である)。『?』の時は通訳とジャン・クロード・カリエールと、安部公房、カリエール、2人とも雄弁であった。

 食事は1日3回、80年近くくり返される。いちいち思い出に残る食事とか 料理とかはあまりない。ちまたにあふれるガイドブックも、1年で10万回くらい、食事をするのだから、たまには印象深い食事をどうぞということなのだろう。とすると最後の晩餐は自宅でいつもの朝食である。死もまた、早出の旅。



市井義久(映画宣伝プロデューサー)

1950年新潟県に生まれる。 1973年成蹊大学卒業、同年株式会社西友入社。 8年間店舗にて販売員として勤務。1981年株式会社シネセゾン出向。 『火まつり』製作宣伝。
キネカ大森番組担当「人魚伝説よ もう一度」「カムバックスーン泰」 などの企画実現。買付担当として『狂気の愛』『溝の中の月』など買付け。 宣伝担当として『バタアシ金魚』『ドグラ・マグラ』。
1989年西友映画事業部へ『橋のない川』製作事務。 『乳房』『クレープ』製作宣伝。「さっぽろ映像セミナー」企画運営。 真辺克彦と出会う。1995年西友退社。1996年「映画芸術」副編集長。 1997年株式会社メディアボックス宣伝担当『愛する』『ガラスの脳』他。

2000年有限会社ライスタウンカンパニー設立。同社代表。

●2001年 宣伝 パブリシティ作品

3月24日『火垂』
(配給:サンセントシネマワークス 興行:テアトル新宿)
6月16日『天国からきた男たち』
(配給:日活 興行:渋谷シネパレス 他)
7月7日『姉のいた夏、いない夏』
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:有楽町スバル座 他)
8月4日『風と共に去りぬ』
(配給:ヘラルド映画  興行:シネ・リーブル池袋)
11月3日『赤い橋の下のぬるい水』
(配給:日活 興行:渋谷東急3 他)
12月1日『クライム アンド パニッシュメント』
(配給:アミューズピクチャーズ 興行:シネ・リーブル池袋)


●2002年

1月26日『プリティ・プリンセス』
(配給:ブエナビスタ 興行:日比谷みゆき座 他)
5月25日『冷戦』
6月15日『重装警察』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:キネカ大森)
6月22日『es』 
(配給:ギャガコミュニケーションズ 興行:シネセゾン渋谷)
7月6日『シックス・エンジェルズ』
8月10日『ゼビウス』
8月17日『ガイスターズ』
(配給:グルーヴコーポレーション 興行:テアトル池袋)
11月2日『国姓爺合戦』
(配給:日活 興行:シネ・リーブル池袋 他)

ヨコハマ映画祭審査員。日本映画プロフェッショナル大賞審査員。

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