サードプレイス

 「You've got mail」(邦題:ユー・ガット・メール」という映画をご覧になったことがありますか? トム・ハンクス、メグ・ライアン主演の大人の恋の物語。トム・ハンクスが全国にチェーン展開する大きな書籍販売企業(日本でいえば、紀伊国屋書店とか旭屋書店かな?)の御曹司で、メグ・ライアンは小さな絵本専門店の店主。同業種とはいえ、トムとメグは敵どうし。なぜなら、メグの商売する街ニューヨークにトムの企画した大店舗が出店することになったからです。しかし、彼らはAOLの出会い系メールサイトでお互いが誰か知らぬまま出会い、しだいに魅かれていきます。そのうち互いの正体がわかってしまい…というストーリー。単純といえば単純なんですが、トムが40代、メグが30代で、すでにどちらにも同棲している恋人がいるという設定でちょっとひねりをきかせています。トムとメグの好演もあって、ロマンティック・コメディとしてはなかなかいい仕上がり。私はDVDまで買ってしまいました。まあ、ちょっとだけ難をいうなら、米国で書店という世界を舞台にしているのに、アマゾン・ドットコムの存在がまるっきり無視されているのはいかがなものか、と思いましたけどね(笑)。話を複雑にするのでカットした事情もよくわかるから強くはいいませんけれど。

 で、何をいいたいかといいますと、この映画ではかの有名な喫茶店 スターバックスが非常に重要な大道具?として利用されています。トムも、メグも、スターバックスの大ファンで、出勤途中に、休憩に、何かと立ち寄って、テイクアウトしたり、そこで本を読んだりするのであります。スターバックスにとっては、映画「Austin Powers」シリーズにつぐ大露出です。

 DVDには、映像特典としてノーラ・エフロン監督がニューヨークのロケ地を紹介するドキュメンタリーが収録されているのですが、ここでエフロン監督がスターバックスの成功を、心地よい“サードプレイス”を創出したことにあると語っています。人間には自宅と勤務先以外のもう一つの憩いの場 第三の場所が必要なのだそうです。サラリーマンが家へ帰る前にちょっと居酒屋に寄るのもサードプレイス願望から来るもので、そこでいったん仕事中にまとわりついた垢を落とし、家に帰る心の準備をするのだということを、何かの本で読んだことがあります。

 確かにサードプレイスは必要です。私の場合は、自宅と勤務先が同じだからセカンドプレイスになりますが。インドア人間のくせに、自宅にずっとこもっていると、世の中に私一人だけしかいないような殺伐とした気分になってきて、そこから逃げたくなってきます。そのため、ノートPCのバッテリーが原稿を書くだけの時間持たないのをわかっていて、資料を抱えて一日一回は喫茶店に出かけます。誰と話すわけでもないんですが、そこに人がいることを確認すると、妙にほっとします。少し原稿を書いては、まわりのお客さんを観察したり、読みかけの本を読んだり、ついにはやっぱり家に帰りたくなってきたり。人から見ると生産性がむちゃくちゃ悪いようなんですが、一時間でもこういう時間を持つのと持たないのとでは精神的に大違いなのです。

 サードプレイスを持つことで、人は自分のほんとうの居場所を再確認するんでしょうかね。第三の場所が愛人宅というのはちょっと家庭争議のもとだけど(笑)、まっすぐ帰ってこないお父さんや、すぐ喫茶店に行っちゃう部下を、頭ごなしに怒っちゃいけないのかもしれないなあ。

 最近のニュースによると、今後、米国のスターバックスは主要な店舗に電源とネットワークの口を配備していくのだそうです。お客さんがよくノートPCやPDAを持ってくるのを見て思いついたとのこと。これも店内で心地よく過ごしてもらいたいという配慮からなのだそうな。エフロン監督のスターバックス成功分析、あたっています。日本の飲食業界はお客さんの回転が命だから、こんなこと絶対考えないな。町屋のドトールには張り紙がありますもの。“勉強、編み物、ご遠慮ください”(笑)。 日本のスターバックスもぜひ、まずは町屋に来ていただき(笑)、いつの日か電源とネットワークの口を備えてくださることを心から願う次第です。

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