スティルライフ

 プライベートで人に会うと、相手の携帯電話がしょっちゅう鳴ってびっくりします。10代や20代の若者というなら当然という気もするんですが、私と同じ世代の、あるいはもっと上の世代に属する方々の携帯電話が、“飲み会の誘い”や“今どこにいるか”などといった内容でリンリン鳴るんですよね。そういうのを見てると、今の人は世代を問わず電話でお互い深くつながっているんだなあと過去から来た人のような感慨を抱いてしまいます。

 わが家は、って私しかいませんが(笑)、電話も、携帯電話も、ほぼ私用では使いません。これは事務連絡用ツールなんです。別に電話代がもったいないと思っているわけではないんですが、なんか生活のルーティンに入らないんですよねえ。まあ、いまは電子メールがメインの通信インフラになっていますから、世間話もこれで事足りているという現状はありますが。
 
 そういう態度が明々白々なのか、電話がかかってくることもそうありません。用事もないのにかけてくるのは母親ぐらい。だからこのごろでは日に3本も電話が鳴ると、“まあ今日は忙しい日だわね”と思います。こんなこと書くと、“かわいそうに、友だちが一人もいないのね”と思われることでしょうて(笑)。電話の使用量がそのバロメーターなら、そのとおりなんでしょう。
 
 私のこの、人と距離を保ってしまう性格がどこから来たのかをつらつら考えると、生まれつき+仕事で醸成されたもの、という結論に帰着します。
 
 子どもって、自我がめざめたころ、服の着替えを手伝ってやろうとしたりすると、うまくできないくせに“自分でやるのー”ってがんばりますよね。私はあの時期からそのままワープして、大人になったような気がします(笑)。親から特にそのようにしつけられた記憶はないんですが、“自分のことは自分でするの!”という思いが、ものすごーく強くて、I need youやHelp meをいうのはいけないこと、と思っているふしがあります。
 
 そういうところにもってきて、人といたら仕事ができないライターになんかなったもんだから、どんどん自己完結型性格が補強されていっちゃって今日に至るというわけです。

 こんな人間は晩年どうなるんですかね? もっともっと孤高の人になっていっちゃうのか、人とこまめに親交を結ばなかったことを後悔してうろたえるのか。他人事のような自分事。静かに暮らす育代ばあさん、ある時誰かがたずねたら、それはそれは美しく、ひからびていましたとさ(笑)。

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