気になるのは、二人の恋の行方

 新作が出れば必ず買う作家っていますよね。ジェフリー・ディーヴァーは、私の“デフォルト買いリスト”に入っているミステリー作家の一人。この名前は知らなくても、映画「The Bone Collector」(邦題:ボーンコレクター)といえば、ああ、あの、とおっしゃる方も多いはず(中身はかなり違ったものになってしまいましたが)。そう、ジェフリー・ディーヴァーは、あの作品の原作者です。待望のシリーズ2作目「コフィン・ダンサー」(池田真紀子訳、文藝春秋刊、本体1,857円)が出たので、さっそく読みました。

  ざっとどういう設定のミステリーかをご説明しましょう。主人公の白人男性 リンカーン・ライムは究極のアームチェア・ディテクティブ。ニューヨーク市警きっての有能な鑑識捜査官だったのですが、事故で脊椎を損傷、首から下、自力で動かせるのは左手の薬指だけという体になってしまいました。しかし、ニューヨーク市警やFBIは難事件を解決できる彼の非凡な頭脳を変わらず頼りにして、顧問という形でリンカーン・ライムと契約し、現場に残された証拠資料を彼の自宅へ次々と届けるのです。動けない彼のかわりに現場を担当するのはアメリア・サックスという若い婦人警官。モデルのごとき美貌に加えて、燃えるような赤毛がチャームポイントです。

 シリーズ2作目では、裁判で証言をすることになっている弱小航空会社のスタッフが、コフィンダンサーと呼ばれる凄腕の暗殺者につけ狙われます。3人のうち、すでに1人は殺されてしまいました。裁判開始まではあと45時間。リンカーン・ライムは無事に証人を守りきり、コフィンダンサーを捕まえることができるか。というのが大枠のプロットになっています。

 ストーリーは、へえー、こういうのもありなんだという意外な展開を見せました。でも、私がわからなかったのは鈍いからだけど、カンのいい人なら途中でははーん、と気づくかもしれないですね。しかし、筋書きはほんとうのことをいうとどっちでもいいんです。私がこのシリーズが好きなのは、登場人物のキャラクターがおもしろいから。

 リンカーン・ライムは、一言でいえばいけすかないヤツです。四肢麻痺になったことをすねていて、わがままいい放題、しじゅう介護士に当たり散らしています。また、頭がずば抜けていいもんだから、ついついまわりをバカにする傾向もあります。しかし、科学捜査にかけてはくやしいけれど、ほんとうにピカイチなのです。

 リンカーンにぼろくそにいわれながら、ひょうひょうと介護に当たるのが介護士のトム。思わず捜査に夢中になって昼寝や導尿を忘れてしまうリンカーンに、断固たる態度で接するいい女房役をやっています。ここではまた、身体障害者のための最新鋭機器が次々登場して、その気になればここまでのことができるんだという生活見本を見せてくれます。

 科学捜査の粋がかいまみられるのも、このシリーズの魅力です。リンカーンは当たり前のように最新の捜査機器を操るのでこっちはちんぷんかんぷんなのですが、そのギャップを埋めてくれるのが作家ディーヴァーの緻密なト書き(笑)。昔、タイムボカンシリーズというテレビマンガがあって、毎週新しく登場するヤッターマンやドロンジョたちのロボットについて、ナレーターが「説明しよう」ってト書き解説するシーンがあったのですが、なんだかそれを思い出して微笑ましくて(笑)。ディーヴァーは、この作品を書くために鑑識の世界をいっしょうけんめい取材したんだろうなあ。労苦がしのばれるんです。

 そして、このシリーズのもう一つの伏線がリンカーンとアメリアの恋の行方。リンカーンは自分の体にひけめを感じていて、気になりつつも必要以上にアメリアにコミットしないように努めます。一方、アメリアの方は全然そんなこと頓着してなくて、でも、心を隠すリンカーンに冷たくされて誤解して…。そのもどかしい感じが乙女心(笑)をくすぐるのですが、どうやらうまく気持ちがつながっていくみたいで、この作品の最後にはめでたく照明が消えます(笑)。“でも、どうやって二人は”って(笑)? それは読んでみてのお楽しみ。

 ひとつ残念なのは、前作と同様に殺人者を精神異常者にしてしまったこと。殺人者=精神異常者と短絡的に結びつけてしまうのはちょっと安易じゃないかなあ。

 ディーヴァーは以前、“リンカーン・ライムシリーズは2作で終わり”といっていたのですが、きっと続行を嘆願するファンレターが殺到したのでしょうね、今後も続編が出ることになりました。すでに米国ではシリーズ第3作「The Empty Chair」が出ている模様。Amazonで手に入れて苦労しつつ読むか、邦訳を出るのを待つか。悩ましい問題だ(笑)。

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