音読男と無反応女

 世の中で不思議な出来事に遭遇したというお話です。
  
 いつものようにファミレスに原稿を書きにいきますと、隣の席に若いカップルが座っておりました。女の子はよくわからないんですけど、男の子はキンキキッズの光一クンのようななかなかのイケメンです。しかも、なんだか生きてるのが楽しくて仕方がないようでずっとニコニコしています。ただちょっと花粉症ぎみなのか、5分に1回クシャミをしていました。
 
 その彼が、昼食を選ぼうとメニューを見ています。それがただ見ているんじゃないんです。片っ端から読み上げていくんです。
「あさりたっぷりのボンゴレスパゲティ。たっぷりのあさりを白ワインで蒸し、あさりからでできたダシをソースとして絡めた、旨みたっぷりのスパゲティ。ほんのりガーリックの風味が食欲をそそります。633キロカロリー。なるほど。クシャン」
 といって次々に。私は思わず心の中で、声に出して読まんでいい!、とつっこんでしまいました。その役目を女の子に務めてもらいたかったのですが、肝心の女の子は聞いていません。一人でメニュー選択に没頭しています。その好対照が芝居のようでした。
 
 男の子は「牛ロースステーキ膳」と「知床鶏の唐揚げみぞれ和え」の二者択一を悩みに悩んだあげく、「サーロインステーキ フレッシュレモン添え」を注文しました。女の子が何を注文したかは覚えていません。
 
 男の子は幸せそうにステーキを食べました。
「うん、案外お肉がやわらかいじゃない。レモンの味も効いてるし。ステーキにしてよかったなあ」
 女の子は、あなたが幸せでよかったね、という顔で笑っていたような気がします。たぶん。

 ところ変わって、上野を歩いていたときのことです。私の目の前をやはり若いカップルが肩を組んで歩いていました。道の右側にピンク映画館が見えてきたところで、男の子が反応しました。
「舌で癒して、不倫妻の淫らな午後、味見したい人妻たち…」
 看板を片っ端から読み上げるのです。私はまたしても、心の中でつっこんでしまいました。声に出して読まんでよろしい! 相方の肩を組まれた女の子はといいますと、笑うでもなし、怒るでもなし、ただ淡々と朗読を聞き流しています。
 
 なぜ男の子は声に出したいのか。なぜ女の子は受け流すのか。まだ生態系の明らかになっていない生き物に出会ったようで、深く心に残っています。

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