ホームレスになったコピーライターの話

 その人はふつうに広告代理店に勤めていたふつうのコピーライターだったそうです。ただ金銭感覚がなくて、奥さんがすごく勝気な人でした。お金を持たせると前後の見境なく使ってしまうので、奥さんは彼にお小遣いを一円も持たせませんでした。お給料も彼の会社に交渉して、奥さんの口座に振り込んでもらうようにしていました。底抜けに明るい人なのですが、さすがにそういう生活はストレスがたまるようで、長い長い不仲のあと、彼は奥さんと別れることになりました。彼は家を出ます。そして時を前後して勤めていた代理店も辞めてしまうのです。人間関係が原因だったという話ですが、詳しいことはわかりません。

 長く勤めていたので退職金が入りました。加えて失業保険も入ります。彼はフリーのコピーライターとして活動を始めるには始めるのですが、自由と大金を手にして競馬を始めました。前から欲しいと思っていたものを手当たりしだいに買い揃えました。だんだん手持ちのお金が目減りし始めるのですが、一度火がついた彼のギャンブル欲、購買欲が衰えることはありませんでした。

 ついに貯金が底をつきました。しかし、気ままな生活が身についてしまい、もう一度会社に勤める気にはなれなかったようです。仕事道具というのに電話やファックスやパソコンを質に入れます。アパートの家賃が払えなくなったので、九州にいるお姉さんに頼りました。お姉さんはここから家賃を肩代わりします。しかし、それでも生活費が足りないので、彼は手当たりしだい友人に連絡しては小口の現金を借りてその場をしのぎました。支払いが滞るのでライフラインがよく止まったそうです。あるときはお風呂に入るのに、電子レンジでコーヒーポットにお湯を沸かすことを繰り返して湯船を満たしました。

 親戚や友人がいくら働くよう説得しても、彼は「せっかく手に入れたこの自由を捨てる気はない」と馬の耳に念仏です。お姉さんは「いつまでもそこの家賃を肩代わりできない。自分で払えないのなら、もっと安いアパートに移れ」といって支度金を渡しました。彼は安いアパートを探しに行ったのですが、どこも気に入らないといって帰ってきました。そして、その支度金も使い込んでしまいました。お姉さんはとうとう堪忍袋の緒を切らします。大家さんに連絡して「もう家賃を払わないから弟を追い出してくれ」といったのです。

 そして彼は本当にアパートを追い出されました。携帯電話はとっくの昔に料金不払いで不通になっているので、誰も彼に連絡できなくなってしまいました。それが2004年2月のことです。彼が今どうしているか知っている人はいません。このコピーライター、今年で51になるそうです。

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