九州大移動

 小倉→博多→熊本→黒川温泉とめぐってきました。いちどきにこんなに動いたのは、20年前にインド大陸を縦断して以来です(笑)。おもしろかった。景色もさることながら、人との遭遇がこたえられません。

 旅の途中でお目にかかった九州の人々は総じて人懐っこくてですね、ひごろ東京人の淡白さに慣れきっている私は、びっくりしたり、感激したり。思い出に残っていることは、みんな人がらみです。忘れないうちに書いておきます。

エピソード その1

 取材先への道すがら、時間があったので喫茶店に寄りました。その店は、一見コーヒー豆の販売店と見まごう店づくりで、カウンター席しかありません。しかし、ほかに喫茶店はなさそうで、まあ、いいかと思ってカウンター席に座りました。そこから取材先への道順がちょっと曖昧だったので、私と同年代ぐらいのお店のご主人に尋ねたところ、わざわざ道路地図を出してきて、熱心に調べてくれました。それをメモに写し終えたところで、隣に座って一人コーヒーをすすっていたおじいちゃまが、いきなりおっしゃるのです。「これからタクシーで帰るんだけど、同じ方向だから乗せてってあげよう」と。ええーっ、見ず知らずの私をですか、と思わずお顔を覗き込んでしまいました。残念なことに、約束の時間には早すぎたので、そのお申し出は謹んで辞退したのですが、東京では考えられない親切、と思ったことでした。

 エピソード その2

 黒川温泉に行くために、熊本駅前で九州横断バスを待っていました。熊本は地下鉄がないので、市民の足はバスか路面電車です。特にバスは熊本市営バスを始め、何社ものバス会社が路線バスを運行しています。そしてまた、熊本駅前からは熊本空港行きのリムジンバスや私の待っている九州横断バスのような長距離バスもたくさん出ています。そのほとんどすべてのバスがですね、バス3台が縦に並ぶのがやっとのバスのりば1本に集中して出入りするのです。しかも、どこにどのバスが止まるかあらかじめ決まっていないようなのです。バスはそのとき空いているところに止まるんです。だから、熊本市民はそのバスのりばにわらわらと集まっていて、自分の乗るバスが来たら、それが止まったところへ移動します。しかも、バスは短い時間しか停車していないので、みなさん、走るんです(笑)。わらわらと集まってきて、バスが来る、次々と来る。人々が自分の乗るバスに向かって走る。いったん、バスのりばがはける。またわらわらと集まってきて、バスが来る。人々が走る。その繰り返しがもう、見ていておかしくて。

 また、熊本のバスは華麗にUターンをします。駅前の大通りは路面電車も走っていて結構交通量が多いんですが、そこを全面的に使ってクルン、クルン回っているんですよ。あらゆる道からバスはやってくるにも関わらず、のりばがそこ1ヵ所しかないので、Uターンして停車せざるを得ないのでしょうが、なんか180度回転しながらピタッと止まるカーアクションのバス版を見ている感じで、ずっと見惚れていました(笑)。

 そこでのお話。ちょっと早く着きすぎて、そうした観察をしながら九州横断バスを待っていた私なのですが、そこへ熊本空港行きのリムジンバスが到着しました。すると、私の前でバスを待っていた妙齢のご婦人が、いきなり振り向いて「これ、あなたの乗るバスでしょ。急がないと」おっしゃるのです。さすがの私も目を丸くして首を横に振ってしまいました。旅行用のキャリーバッグを持っていたからでしょうが、この思い込みの激しい親切さに、私の熊本市民への好感度も一気に上昇しましたね。

 九州横断バスはめっけものでした。ただ横断するだけじゃなくて、阿蘇の山々の壮大な風景が見られます。アレハ日本ノ「グランドキャニオン」ダ。ときどき入るテープでの観光ガイドもそこはかとなくおかしくてマルです。

エピソード その3

 2時間半かけて、黒川温泉に到着。ここの旅館の一軒で1歳4ヶ月の坊やを連れた友人と落ち合ったのですが、仲居さんがその坊やに大反応してしまいました。もう仲居さんはわれわれとは旧知の間柄だったかのように、子どもをめぐる話を展開されるのですよ。それは「給仕の時間をつなぐ世間話」以上の内容の濃さで、九州の人の世界観って、ほんと人類みな兄弟って感じだなあとつくづく思いました。それにひきかえ、もともとは構いたがりの関西人のはずだったのに、そういう会話にすっと乗っかれなくなっていて、すっかり東京人化してしまっている私を反省した瞬間でした。

 温泉そのものはどうだったか。ぜんぜん商業チックじゃない昔ながらの佇まいがとてもよかったです。泉質も上等なものでした。今度はもう少しゆっくり行きたいなあ。

エピソード その4
 
 黒川温泉からの乗り継ぎの悪さにめげず、バスで福岡空港へ。皆さん車で来られるんでしょうね、ローカルバスの利用客はまばらでした。杖立温泉から日田バスセンターまでの日田バスなんて、行程の2/3まで私一人(笑)。なしくずしの貸切状態でした。しかし、このバスからの眺めがまさに絶景だったのです。あれはなんていう川なのでしょうか。水の色がもうエメラルドなのです。切り立つ山にエメラルド色の川という対比がただただ幻想的で、まったく期待していなかった分、思わぬボーナスをもらった気分でした。このバスの運転手だけはちょっと偏屈な若人だったんですが、あの風景はもう一度見たいです。というわけで、杖立温泉もいいなあ。

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