生きるための情熱としての一人旅

「ホーカーズ! ホーカーズ! ホーカーズ!」

Part8

[第四日のその1]

熱帯フルーツ図鑑

 前日山ほど買い集めたフルーツが、冷蔵庫でほどよく冷えたようであるにゆえ、今朝はそれでブレックファーストを催すことにいたしました。

  

 ではまずチックーから行きましょうかね。サポジラともいいます。私とチックーとの出会いは20年前に遡ります。そのとき私はインドを女友達と自由旅行していました。強靭な好奇心と食欲で毎日元気に飛び回っていたんですが、さすがに1ヶ月近く経つと、朝も、昼も、夜も、カレー、という状況にうんざりしてきました。主食はチャパティーやナンやライスと選択肢があっても、副食に関してはスープを選んでもカレーの味がするので、ときどき逃げるように中華料理屋さんにかけこんだものです。これがまた大味な中華料理屋さんばかりで、「どうしよう、もう何にも食べたくないね」と女友達と話をしていたときに目に入ったのが道端で売られているチックーでした。ゴツゴツしてて皮の色も黄土色で、外見はまるでじゃがいもみたいでとてもおいしそうには見えなかったのですが、カレーから逃れられるならこの際何でも食べますといった心境で、ひとカゴ買い求めました。これがまあ、甘いのなんのって。皮は熟れた桃のようにペロペロとむけて、中からオレンジ色の果実が現われます。味はちょうど熟々の柿みたいな感じです。舌に少々ざらつきますが、したたるほどに果汁もあり、友達と二人、飢えた子どものように無言で一気にひとカゴ平らげました。このフルーツのおかげで、「カレーしかない国」と悪化しつつあったインドへの思いが「甘いチックーがある国」へと劇的に変わったのです。
 
 そのチックーとの感動的な再会。しかし、20年も間が空いていると選択眼がにぶっているものですねえ。露天の果物屋さんから買ったこのチックーは、包丁を使わないと皮がむけないほど硬く、果実も熟れてなくて渋柿みたいな味でした。残念。しばらくおいたら熟したのかなあ。時間に限りがあるというのはさみしいですね。
 余談ながら、チックーのなる木からはチューインガムのもととなるチクルという樹液を取ることができます。今は主に合成樹脂が使われているそうですが、長い間チューインガム製造はこのチックーの木に頼っていたとのことです。
 


 こういう、中の果実だけの形になってしまうとよくわからないのですが、ジャックフルーツは非常に大きいフルーツです。大きいものはスイカを二つくっつけたぐらいサイズが巨大です。重さも20キログラムぐらいあります。吉田よし子著「熱帯のくだもの」によると、人間と同じぐらいの大きさのジャックフルーツも存在するそうです。
 果実は、真ん中の筋のようなものの周りにわさわさと放射状になります。巨大なジャックフルーツをさすがにそのまま買う人は少ないので、こうして実だけにして袋に詰めて売っています。ジャックフルーツを解体して小袋に詰めるのは、果物屋さんの重要な仕事の一つのようです。
 店頭には黄色いものとオレンジ色のものが並んでいて、こっちの方が甘いといわれて買ったんですけど、なんだか筋ばっていてそれほど甘くありませんでした。こちらも残念賞。以前マレーシアで1個まるまる買ったジャックフルーツは、果実が柔らかくて濃いクリのような味がしてストップするのに苦労したんですけど、フルーツって当たり外れがありますねえ。



 これは日本でも蟠桃(ばんとう)の名前で栽培されている中国原産の桃ですが、実際に見るのは初めてだったので買ってみました。プライスカードには「何とかドーナツ」と書いてあったと思います。何とかの部分がどうも思い出せません。不老長寿の果物だとか、孫悟空が食べたとか、形がユニークだからかいろいろ伝説があるようです。平べったいので包丁で皮をむくのに骨が折れます。
 日本の蟠桃は絶品と称されているようですが、私が食べたこの蟠桃は、いうほどの味じゃないという感じでした。ゴリゴリしていたのはまだ十分に熟しきっていなかったからなのでしょうか。
 


 西洋ナシは珍しくもなんともないんですけど、旬なのかどこの果物屋さんを見てもたわわに盛られていたので、つい買ってしまいました。皮のやさしいクリーム色が食欲をそそってしまったんです。確かにおいしゅうございました。西洋ナシというよりは果汁も多くて日本の二十世紀などに近い味でしたけど。でも、「この味はすでに知っている」と思うと、私の場合一気にトーンダウンしてしまいます。
 
 

 昆虫みたいな色と感触の皮に、全身をおおうトゲトゲ。何も知らずにこれだけを見せられたら、とてもフルーツだとは思わないでしょう。その名をサラッカといいます。東南アジア原産のヤシ科の植物です。
 皮は手でらせん形にパリパリとむけます。中から出てきたのは、ごつい外見に反してまるくかわいらしい果実。軽量で、フルーツというのに手で持ってもベタベタしません。乾燥肌の持ち主です。味は、少し酸味があって水分の少ないビワといったらわかっていただけるでしょうか。甘すぎず、すっぱすぎずの淡白な味わいなので、スナックみたいにどんどん食べられます。しかし、ちょっと外見が恐かったので、量り売りだったのを幸いに用心して少ししか買いませんでした。つくづくギャンブラーにはなれない私です。

  

 ランサは、巨峰より一回り大きい粒の実が細い枝にたわわに実るフルーツです。ぶどうかなと思うんですけど、皮が黄土色なので奇妙な感じがします。ぶどうと同じく、親指とひとさし指で皮のおしりをつまむとスポッとむけます。中から出てくるのは白く半透明な果実。それもぶどうみたいですが、ぶどうと違って中は5つの房に分かれています。甘みの強いものと酸味の強いものと2種類あるとのことですが、私が手に入れたのは酸味の強いものでした。土地の人は、ランサを買うとき自分の好きな方かどうか必ず1つ味見してみるんですって。ぶどうより実の水分は少なくて、ツルンとした独特の触感があります。これに近い味のフルーツを食べたことはないなあ。一度本腰を入れてバクバクいってみたいものです。
 
 
 
 じゃーん、発表します。これが今回のフルーツ・オブ・ディストリップ、シュガーアップルです。店員さんから聞いたときは「カシューアップル」と思ったんですが、日本に帰って調べたら、シュガーアップルという名前で出ていました。スイートソップともいうようです。人々が日常的に食べる野菜や果物は、土地によってさまざまな名前で呼ばれるので、どれが正式なものかよくわかりません。日本では蕃茘枝(ばんれいし)と呼ばれているようです。緑色バージョンと赤紫バージョンがあって、これは赤紫バージョン。この写真で皮が真っ黒なのは、ほんとうはいけないのに冷蔵庫へ入れてしまったからです。
 ものすごくやわらかいんですよ。それを知らずに結構乱暴に持ち歩いたので、ホテルの部屋に帰ったら2つつぶれていました。そのようにやわらかいから手で割れます。種のある細長い実が写真のように放射状にわーっと並んでいます。スプーンですくって食べるのがお上品な食べ方みたいだったんですが、トロトロだったこともあり、直接ズズズズズッとバキュームしました。
 おおおおお、なんて甘いんでしょう。まるでバニラアイスクリームみたいだ。好き好き、この味大好き、ひょっとするとドリアンよりも好きかもしれません。とろーっとしてて甘みがこっくりしてて、皮の付近はちょっとざらざらしていますが、味は中心部より濃厚な感じで、それもまたよきかなって感じ。足りない、足りない、ひとカゴでは足りません。2つつぶしてしまったのが非常に悔やまれます。これだけはもう一度食べたくて、このあとスーパーマーケットなどを見つけるたびに果物売り場に探しに行ったんですが、どこにもありませんでした。
 タイやシンガポールでのシュガーアップルの旬は夏なのだそうですが、インドネシアでは一年中出回っていて最盛期は12月から2月にかけての冬らしい。これを食べるためだけに行ってもいいな、インドネシア。  

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