悪銭、身につかず

 スコット・スミスの「シンプル・プラン」を読みました。一度日本語の文庫本で読んでいたのですが、本棚を整理していてペーパーバックを見つけたのです。紙が茶色に変色していました。昔の私が英書にチャレンジしようと買ったのでしょう。最初の方にはところどころアンダーラインが引いてあります。わからない単語だったんでしょうな。そのうちの2/3ぐらいは今もわからない(笑)。アンダーラインが途中でなくなっているのは、読み終えていないからです。
 
 ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチコード」のあと、続けて読んだその前作「天使と悪魔」がかなりの駄作で、何か口直しが必要でした。日本語で読んでおもしろかったのは覚えているので、再度挑戦してみました。
 
 映画にもなったので、ご存知の方も多いかもしれません。ある男たち3人が、雪の平原で落ちた飛行機を見つけます。中には一人の男の死体と440万ドル。男たち3人はそのお金をいただいてしまうことにしたのですが、そのお金をめぐって次から次へと最初の計画にはなかったことが起こり、男たちの一人である主人公はどんどん凶悪な犯罪に手を染めることになっていきます。テーマを一言でいってしまうと「悪銭、身につかず」です。
 
 うまいです。登場人物がみんな、読者よりちょっとずつ愚かなんですよ。いろいろ企みをめぐらすんだけど、それがみんな危なっかしくて「そんなことしたら見つかっちゃうじゃない」「そう出たら相手が反発するに決まってるじゃない」とつい話に感情移入していってしまうのです。
 
 なかでも主人公の妻が愚かな策士なんですよ。始めはイノセントなかわいい奥さんなんだけど、大金にどんどん目がくらんでいって、表面的には何の罪も犯さないんだけど、夫にあることないこと吹き込んで、夫を自分の思いどおりに動かしていくんです。アクシデンタル・マクベス夫人。 
  
 日本語で読んだときは、おもしろいクライムミステリー、完成度高し! と思っていたんですが、あらためて読み返してみると、少し注文をつけたいところもありますね。普通のサラリーマンである主人公がたまたま殺人者となって、次から次へと人を殺すはめになるのですが、その割には罪の呵責が足りないかなと。克明な心理描写がストーリーのベースになっているにも関わらず、あまりにも簡単にその環境に適応しすぎていることに不満あり。死んだ人が繰り返し夢に出てくるぐらいの苦しみはないと。
 
 もう一つは、ちょっと教条的なことです。最後の殺人シーンのBGMに、ラジオの宗教番組を選んだのはちょっとやりすぎだったかも。ハリウッドの戦争映画がクライマックスのBGMによく「What a wonderful world」を選ぶけど、それぐらい嫌味な感じがしました。その後、この主人公はいわゆるバチが当たるんですけど、その因果応報の内容も神を信じている人っぽいものでした。でも、全体としてはよくできたお話だと思います。
 
 「シンプル・プラン」が書かれたのはもう10年前のこと。その後の作品をアマゾン・コムで調べてみたんですが、どうもスコット・スミスは書いていないみたいなんですよねえ。これがデビュー作だったんですが。どうしたのかなあ。小説も売れたし映画にもなったから、10年ぐらいは書かなくても食べていけるのかもしれないけど、次々書いてくれないのは、読者にとってさみしいことであります。

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