まぶしい人々のまぶしい時間

 今年に入って最初に読み終えたのは「おめでとう」(新潮社刊、本体価格1,300円)。「センセイの鞄」で私の心をわしづかみにした川上弘美の短編小説集です。ずっと読みたいと思いつつも、買ったら最後、原稿の締め切りが迫っていようが、デートに誘われようが(笑、まあこれは見栄です)、すべてをすっとばしてすぐに読んでしまうことがわかっていたので我慢していました。はからずもお正月のおめでたい気分の中で読むことになりました。

 でも、別に“おめでとう”という言葉が、作品のキーワードになっているわけじゃありません。ここに収められているのは、さまざまな恋愛風景です。何の障害もないきわめて平和なカップルもいれば、両方が家庭ある身のわけありカップルもいます。しかし、書いているのは川上弘美ですから、そこにドロドロした感情なんてものは一切ありません。ちゃんと正面きって向かい合っていて、どこかにおかしみが漂う二人の人間の姿があるだけです。

 何だかいとおしいんですよねえ。ムカシを思い出すというか(笑)。“そうそう、私も若いころは、こんな風にちゃんと人とやっていこうとがんばっていたものだわ”なんて、ね。引退した女優が、若いころの出演作品を自宅の映写機で見て懐かしんでいる感じというか。ビデオじゃなくて映写機だというのが肝心なところ。女優という部分に引っかからないように(笑)。

 川上弘美は受け身の表現がものすごくうまい人です。“口説かれた”“寄せられた”“抱かれた”なんて表現が絶妙な頻度で登場して、読んでいる私も思わずそうされたくなります(笑)。今まで、そういう風に受け身でしか生きてこられなかったことに女の悲劇があると眉間にシワを寄せてきたのですが、彼女は口説かれたり、寄せられたりすることをまるで女の特権であるようにワクワクと書いていて新鮮なんです。でもまあ、これはヴァーチャルな共鳴なんですけどね。私個人のパーソナリティとしては口説かれるより口説きたい方なので(笑)、相手にイニシャチブを握られるとひいてしまうでしょう。ナンギです。

 どんなに恋多き人でも、恋愛をしている時間と恋愛をしていない時間を人生全体で比べれば後者の方が長いんじゃないでしょうか。だってこれはあまりにもエナジーを使う所業だから。どうしたってカラダが持たないから。だからこそ、その渦中にある人々はとてもまぶしいんです。そのまぶしい人々のまぶしい時間を、川上弘美的愛情で切り取ったのがこの作品だと思いました。だから、タイトルが「おめでとう」なんですよ、きっと。 

戻る このサブジェクトについてメールを書く