■国際ドストエフスキー研究集会報告■


 8月22日から26日まで、「国際ドストエフスキー研究集会」が千葉大学キャンパスを中心に開かれた。共通テーマとして掲げられたのは「21世紀人類の課題とドストエフスキー」。ロシア、ポーランド、アメリカ、ドイツ、イギリス、ハンガリー、モルドヴァ、ノルウェー、ルーマニア、そして日本の研究者たちが、多くの聴衆を集めた公開講演会にくわえ、40ほどの研究発表を行った。日本の大学院生たちによる、ドストエフスキーの作品と当時の催眠術との関わり、また仏教の因縁との関連、日本の新聞からコンピュータ検索によって抽出したドストエフスキー関連記事700の分析なども高い評価を受けた。

 外国からの参加者の多くは国際ドストエフスキー学会の主要なメンバー。今回も来日されたジョージ・ワシントン大学のナトワ教授の提唱で、1971年に国際学会は設立され、3年ごとに欧米各地を巡るかたちでシンポジウムが開かれてきている。第3回にあたる1977年に初めて私が参加して以来ずっと日本の研究者たちも参加し、研究発表を行ってきた。いっぽう日本でも1969年の激動期に、市民に開かれた街の学会として「ドストエフスキーの会」が作られ、今日も活発な研究会や読書会が続けられている。こうした世界と日本の動きが20世紀最後の年に、千葉大学の木下豊房教授の献身的なご尽力でようやく一つに結ばれたのだった。

 研究集会のテーマは「民族意識と全人類性」「カリスマと大衆性」などに分かれていた。以前には文学作品の構造分析あるいは詩学からの研究が多く見られたが、今回印象的だったのは現代社会の危機的状況を反映した報告が多かったこと。思えば20世紀は暴力の世紀であり、同時にドストエフスキーの世紀であった。『罪と罰』終幕でラスコーリニコフが夢に見たような、否定し合い殺し合う黙示録的状況が世界的規模で進行するなか、たとえばロシアの人々はソ連邦解体後の精神状況を反映してロシア正教の解釈をめぐって激しく論争し、ドイツの研究者はハイデッガー哲学を援用して「存在忘却」からの歩み出しを訴える。なかでは『白痴』冒頭のムイシュキンとロゴージンの対話をもとに、ドストエフスキーの作品においてはどんな否定的な人物の中にも神の少しの真理は映し出される、ドストエフスキーの作品に原型としてみられるポリフォニックな対話的関係こそが新しい共同体のモデルになりうる、というモスクワの研究者の主張に強い共感を覚えた。研究集会そのものが、異文化の壁を超えた真剣な対話の実践の場にほかならなかった。そしてドストエフスキーの「イメージによる思考」は東西文化の対話のために共通の場を用意してくれる、と最後のディスカッションで私は印象を述べ、外国の研究者の反響は大きかった。

 海外でも絶賛されている黒沢明監督の『白痴』の分析など、今回は日本文化との関わりも大きなテーマとなった。私は埴谷雄高、大岡昇平、武田泰淳、大江健三郎、高村薫、村上春樹、柳美里など20世紀後半の優れた作家たちに注目してドストエフスキーの影響を報告したが、なぜ日本人はほかならぬドストエフスキーにそれほど惹かれるのか、との古くて新しい質問を受けた。これについてはモルドヴァの研究者が、ドストエフスキーのテクストの多義性と、歌舞伎や能、漢字など日本文化が基本的に持っている多層的なテキスト構成とに共通点があるのだと指摘してくれた。多様な文化の対話の中で自己を発見するという国際学会ならではの醍醐味を、日本で味わうことのできた刺激的な日々だった。

初出:「時事通信社」2000年8月31日


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