■精緻に織られた死と再生の物語■

 7月初めのとてつもなく暑い夕暮れ近く、1人の若者がS横丁の下宿から通りへ出て、のろのろとK橋の方へ向かった……この一行から『罪と罰』は始まる。S横丁とはスタリャールヌイ横丁、K橋とはコークシキン橋。そんなふうに現実に存在する地名を頼りに、ラスコーリニコフの下宿のモデルと決められた大きなアパートがあり、今も真っ暗な狭い階段を上って行くと、屋根裏の押し潰されそうな空間で行き止まりになる。「あなたには空気が足りない」とポルフィーリイに指摘され、母からは「お棺のよう」と言われるこの空間の前の壁には、ロシア全土、あるいは世界中から訪れるファンの落書きがたくさん残されている。「1999年5月8日、ナージャ、レーナ、ナターシャがここに来ました」からは3人の仲良し娘が声をひそめて忍び笑いする姿が浮かび、「ドストエフスキイとともに私の魂は生き始め、彼とともに死ぬのだろう」という熱烈なもの、「汚らわしい老婆はまだたくさん残っている。みんなの分まで足りるぜ」という現代ロシアに生きる若者のブラックユーモアまである。

 この下宿から、たしかに一方の角が不恰好なほど鈍角になっているソーニャの部屋の前を通って730歩行くと、老婆の家とされる陰鬱なアパートがある。このアパートの入口は横丁と運河沿いと二方向にあり、犯罪者は逃走用に2つの出口のある建物を選ぶものだ、だからドストエフスキイも殺人現場をこのアパートに設定したのだ、と説明される。

 19世紀半ば、ロシア文学はいよいよリアリズム様式の長編小説の黄金時代に入る。都市犯罪は増加の一途をたどり、毎年の逮捕者4万人はペテルブルグ人口の8分の1にあたるとの説も。飲酒問題、女性解放問題、裁判の改革で社会は大揺れに揺れていた。実際の殺人事件に取材したこの小説、極めてリアルにこの都市の空間と時代とを写し出している。

 でもそれだけなら、作品は、北のヴェネツィアと呼ばれる幻想都市を彩る1エピソードに終わったかもしれない。小説は何層にも重なり合った複合的世界として描き出されている。

 ソーニャが間借りしている仕立て屋の名前はカペルナウーモフ。それはキリストのガリラヤ伝道の根拠地カペナウムを背負っており、ここで終幕、ラスコーリニコフとソーニャは共に十字架をつける。「汝の十字架を負って我に従え」という聖書の言葉の実現だろうか。ソーニャが最初に身体を売った晩の稼ぎは銀30枚。それは当時の相場だったかもしれない。だが同時に、太宰治の『駆け込み訴へ』や遠藤周作『沈黙』にも引用される、ユダがキリストを売った値段だ。ここでは誰かの(おそらくは母カチェリーナ、マルメラードフ、そしてソーニャ自身の)罪の意識を表している。この晩、ソーニャが身にまとう緑色のショールにも作家の願いがこめられる。緑のショールはロシアのイコン(聖像画)では聖母が被り、正教美術では緑色は永遠の生命を表す、とされるのだ。

 当時の読者はこの小説を、数年前に発表されていたユゴーの『レ・ミゼラブル』と比べて読んだという。そう、小説はミリエル司教に触れたジャン・バルジャンの回心の物語をも引き受けている。ロシア文学について言うなら、プーシキンの『スペードの女王』とも響き合っていよう。リアルな現実の上に築かれた複数の物語のテクスチャー(織物)。そして見えてくるのは<死と再生>を軸とするシンボル体系の、あまりにも均整のとれた美的な構築物。こうして『罪と罰』はペテルブルグの時空を越えて、はるか遠くへと広がっていく。

 明治期に、『破戒』で蓮太郎の死と丑松の再生の物語を描いた島崎藤村もまた、『罪と罰』の<死と再生>の物語に反応したのでもあったろう。あるいは第二次大戦のフィリピンでの飢餓状況を描く『野火』執筆にあたって、ラスコーリニコフのペテルブルグ彷徨を思い描いて書いたと証言する大岡昇平も、やはり「父の声」に再生の祈りを託していた。

 『罪と罰』に応えているのは太宰治『人間失格』や武田泰淳『蝮のすゑ』など、戦後のドストエフスキイ・ブーム期の作家ばかりではない。

 たとえば1987年に発表された村上龍の『愛と幻想のファシズム』。物語の冒頭で語られる人間の二分法には、凡人と非凡人というラスコーリニコフの論文が影を落としているだろう。小説の最後に姿を現す娼婦は街灯の下、文庫本を読んでいる。「下らない恋愛小説よ、と文庫本の表紙を示した。『罪と罰』だったので、おいドストエフスキーだぞ、とゼロの肩を揺すって俺は大笑いした。」

 1993年に発表された高村薫の『マークスの山』。ここにもポルフィーリーが、そして馬車馬に蹴られて死ぬ貧しい役人の物語が登場する。では殺人者の再生は果たされたのか? 柳美里の『ゴールドラッシュ』あるいは貴志祐介の『青の炎』が、日本のもっとも新しい『罪と罰』だろうか。2000年2月刊行の村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』にもドストエフスキイについての切実な言及がなされている。アメリカの作家カート・ヴォネガットはある小説の主人公に言わせている。「人生に必要なことはみんなドストエフスキイに書いてある。でももうそれじゃあ足りないんだ」。なぜだろう? ヴォネガットは直接には連合国によるドレスデン爆撃を頭に置いていよう。無差別の大量殺人。確かにそれはドストエフスキイの知らなかった世界だ。

 20世紀は暴力の時代であった。そして日々、私達の周囲で、暴力はさらに暗く、大きく、不条理なものとなっていく。それでもドストエフスキイが、とりわけ『罪と罰』が呼び出されてくるというのは、この小説に<死と再生>というテーマが、復活への祈りの原型のようなものが、現代の私達にとってもなおリアルな形で織り込まれているからではないか?

初出:劇団「昴」2000年6月公演『罪と罰』パンフレット


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