■ドストエフスキイ問題■
近代の軌跡問う精神的大きさと深さ

 今年に入って私の手元に一通の招待状が届けられた。5月にロシア各地で開かれるドストエフスキイ・シンポジウムへの誘いである。今年は作家の生誕175周年にあたり、世界の研究家が集うという。

 しかし<今>はそうしたメモリアルな時期であるばかりではない。

 日本で昨年明らかになったカルト集団の謀殺事件。詳細が報道されるにつれ、1872年に書かれた長編小説『悪霊』の世界との、あまりにも異様な共通点が浮かび上がってきつつある。あるいはペレストロイカ時代の旧ソ連で『悪霊』や『地下室の手記』は戯曲化され、社会主義批判のために、また現代人の分裂した意識を表現するために諸劇場の必須の出し物になっていた。

 かつて「永遠にアクチュアルなドストエフスキイ」と言った者がいる。<永遠>についてはひとまず触れないでおこう。少なくとも革命とテクノロジーのこの世紀の終わりまで、彼の作品は私たちの精神の姿を言い当てていたと感じられる。そして同時に、この空虚から私たちが再び立ち上がるための手がかりをも用意してくれていたのだ、とも。

 思えば、明治25(1892)年に初めて『罪と罰』が翻訳されて以来、日本の人々はいつもドストエフスキイの作品の上にかがみこんできた。夜を徹して読み続け、明け方、世界が違って見えてくる、という<ドストエフスキイ体験>が語り継がれてきた。ドストエフスキイには無縁のように見える今の若者の間にも、そうした伝統は生き続けている。翻訳全集刊行は10回にものぼろうという日本のドストエフスキイ需要のあり方は、特殊な文化現象として海外にも紹介され、反響を呼んでいる。

 このたび、日本で発表されたドストエフスキイ文献を集大成する仕事を早大図書館の本間暁氏とともに進めながら、あらためて<日本のドストエフスキイ問題>の大きさと深さとを実感せざるを得なかった。

 全部で22巻にもおよぶこの集成には北村透谷の『罪と罰』評から武者小路実篤、保田与重郎の発言、小林秀雄らの労作とともに、メレジュコフスキー、マリ、ウォルインスキーなど、日本に影響を与えた外国評論の翻訳も含めた。白樺派の文学者は博愛主義者ドストエフスキイを語り、マルクス主義からの読解も提示された。やがて転向とシェストフ的不安。そして第二次世界大戦の体験からの出発。近代日本の精神的な軌跡にきわめて近いところに、いつもドストエフスキイの文学は位置していた。

 日本の近代の歩みを再検討する時が来ているのであろう。その作業のための導きの糸として、ドストエフスキイをめぐって行われてきた議論はそれぞれの時代を浮かび上がらせ私たちの<今>に光を与えてくれる。

「読売新聞」1996年4月7日


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