■ワジム・クレイド編「ロシア亡命詩撰」■
広がる世界、そして祖国への望郷 br>
「港は世界の船舶に埋まる/クレーンは船倉に荷を下し/客はタラップから甲板に昇り/おとぎ話のような巨船は白鳥の膨らんだ胸で/海風を押し戻している……」ロシア語で読むニューヨーク湾の描写。奇妙にエキゾティックな世界だ。エウゲニア・ディメルは1925年にキエフで生まれ、子供の頃からレールモントフの詩を好む。第二次世界大戦中に祖国を離れ、ポーランドを経てオーストラリア、イタリアへ。戦後にドイツへ移り、ミュンヘン大学経済学部卒業。1951年にアメリカ、ニュージャージー州に落ち着き現在にいたる。彼女の詩はこれまで10以上のロシア語雑誌、詞華撰に発表されてきている。
亡命──それは革命とテクノロジーの20世紀を照らす、もう一つの視点に違いない。ロシア革命後の第一次亡命、40年代の第二次亡命、さらに60年代末の第三の波のなかで、ロシアからは無数の詩人たちが全世界へと散らばっていった。革命直後のベルリンには40社を越えるロシア語出版社が活動し、やがて中心はパリへと移る。パリ派の詩は内向的で、生真面目に密やかに愛と死と孤独を唱った。中国にはハルビンなどにパリに次ぐ詩人グループが存在し、第二次世界大戦後アメリカに移動。亡命によってロシア詩の対象は全世界の風物へと拡大したが、いっぽうで詩人たちの多くは、恋愛詩にも優る情熱をこめて祖国へのノスタルジーを唱った……。
本書の原題は「詩によってロシアへ帰還する」。ロシア亡命詩人たち200人の作品を集めたアンソロジーで、巻末にはそれぞれ伝記資料も。この種のものの国内最初の出版である。ノーベル賞作家ブーニンは「鳥に巣があり、獣には巣穴があるのに」と根無し草の悲しみをつぶやき、ツヴェターエワはエッフェル塔の近く住みながらロシアの輝きを夢見ていた。今ようやく20世紀ロシア詩の全体が見渡される。(レスプーブリカ)
「読売新聞」1996年3月5日