著作権法上の「ダウンロード違法化の対象範囲の見直し」についての意見

2019年3月13日


この度の著作権法改正における「ダウンロード違法化の対象範囲の見直し」に関して、文化庁が示している条文案(以下、「文化庁案」という)は、他人の著作権・著作隣接権を侵害する違法な著作物のダウンロードを広範に違法化し、一部を処罰対象にする方針となっている。このような措置は、著作権者の利益を不当に害することのない場合にまで、市民の情報収集の自由を過度に制約するものであり、容認できない。

文化庁案では、適法なソースからではない私的ダウンロードについて、その事情を知っている場合には、漫画の1コマ、文章数行といった零細なものまでもが広く違法となる。このような広範な規制は、市民が日常的に行う情報収集活動に対する大きな制約となる。民事上の責任についても、違法行為と評価される以上は委縮効果が見込まれるとともに、著作権侵害行為に関するインターネット上での「炎上」現象等もしばしば観察されているため、市民に与える不利益は無視できない。したがって、民事違法化の範囲について、「原作のまま」「著作権者の利益を不当に害する場合」という客観的な要件を備えて絞り込んでおくことが重要となる。

さらに、憲法上、刑罰の対象としうるのは、最高裁判例によれば、保護法益を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるもののみである。しかし、今般の提案はこれをはるかに超えている。そもそも、悪質な行為は、著作権法違反の幇助犯としてすでに5年以下の懲役および500万円以下の罰金の対象となっている。これにあたらない行為を広範に重罰の対象とする必要はない。文化庁案は刑事罰について、「正規版が有償で提供されているもの」「継続的に又は反復して行う場合」という2つの要件を加重するとしているが、有償で提供されている著作物は社会に多く存在しており、かつ、市民の多くはダウンロード行為を日常的に行っているため、これら2つの要件が刑事罰を限定する効果を有するのかという点にも疑問がある。また、犯罪の成立には未必の故意で足りるため、個別の事情によっては、一般的な情報収集活動までが処罰対象となりかねない。刑事手続の濫用によって不当に人権が侵害されることに対する歯止めも設けられていない。

それだけでなく、2019年1月25日に開催された著作権分科会法制基本問題小委員会および2月13日に開催された著作権分科会では、大多数の委員が全面違法化に反対の立場であったにもかかわらず、2月22日に開催された自由民主党文部科学部会・知的財産戦略調査会の合同会議に文化庁が提出した資料は、あたかも賛成が多数であるかのような錯覚を起こさせる形で作成されている。立法府をあざむく手段により制度変更を強行することは許されない。

文系・理系を問わず、科学者の研究活動は、人類の知的資産の外延的な拡張と内包的な充実・深化に関わっている。現在、多くの知的資産や情報がインターネット上で公開・共有されており、科学者は、これらにアクセスすることによって社会から負託された研究活動を行っている。今回の改正案は、このアクセスの自由をも損なう危険がある。日本の科学者コミュニティの代表機関として法制上位置付けられている日本学術会議の会員として、改正案を強く危惧するものである。

2019年3月13日

白藤博行(日本学術会議第一部会員、専修大学教授)
土井政和(日本学術会議第一部会員、九州大学名誉教授)
和田肇(日本学術会議第一部会員、名古屋大学教授)
三成美保(日本学術会議第一部会員、奈良女子大学教授)
高山佳奈子(日本学術会議第一部会員、京都大学教授)
(更新中)

※ この意見は、事態の緊急性にかんがみ、日本学術会議からの公式の情報発出に先駆けて、個人が表明するものであり、日本学術会議や同・法学委員会の見解を代表するものではありません。

連絡先
高山佳奈子 takayama@law.kyoto-u.ac.jp


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