2006年4月3日

  文化学院理事長 松崎 淳嗣 様
  文化学院校長  西村 八知 様                          

DOCOMOMO Japan 代表
鈴木博之


文化学院校舎の保存に関する要望書


 拝啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
 本会は、20世紀の建築遺産の価値を認め、その保存を提唱することを目的のひとつとする国際的な非政府組織(NGO)であるDOCOMOMO(ドコモモ)の日本支部です。
 このたび、東京都千代田区に所在します文化学院におかれましては校舎新築による建替え計画を進められておられることを拝聴致しました。既に「千代田区景観町づくり重要物件」に選定されております貴校の建築が有します価値については、十分ご承知のことと拝察申し上げておりますが、改めて本建築に備わる歴史的価値、教育文化的価値についてご了察頂き本建物の価値の保存について慎重にご検討下さいますよう要望申し上げます。

 この建物の歴史的価値は、およそ次の3点にまとめることができます。
1.西村伊作の設計による代表的作品であること。
 ご承知のように西村伊作(1884〜1963)は、新宮で1914年に理想的な新しい生活を目標に、自邸の建築を自ら設計し建築したことを端緒にして、『楽しき住家』(1918年)の出版などの著作、住宅を主とする建築設計、さらには絵画、陶芸など幅広い創作活動を行い、また建築事務所の開設と同じ1921年に文化学院を創設し芸術性豊かな理想的教育活動を進めたことでも知られています。
 本建築は、創立期の木造校舎が関東大震災により被災焼失後本格的な鉄筋コンクリート校舎として1936年に設計され1937年竣工したものです。西村は1930年代に入ると一般の建築設計よりは離れつつあったなかで、本建築の設計は自ら担当したことが知られており、西村自身によるほとんど最後の作品であることが重要であり、また既に少なくなっている西村の現存作品としても貴重であります。
2.「文化学院」の建築としての価値
  文化学院は1921年、西村が与謝野寛・晶子、石井柏亭らの協力を得て創立されもので、大正期自由主義教育と呼ばれる教育の先駆的実践としてよく知られております。そして学院は西村の建築とともに今日まで変わらず当初の教育の理想を一貫して実践継承されておられます。つまり貴学院の教育理念と建築が両輪のように今日に継承されている、類例の少ない教育建築環境として貴重であります。

3.建築作品としての価値
 本建築は1937年、つまり昭和戦前期において本格的な鉄筋コンクリート造建築が作られた最後の時期における建築であり、外観には壁面頂部のコーニスや縦長の窓、玄関の大きなアーチなどわずかな歴史様式による意匠をみせるとともに、北面ではアトリエの窓を大きく開くなど機能主義的デザインも取り入れた昭和初期における進んだ意匠に特色がみられます。その簡潔なデザインには西村の初期の著作『装飾の遠慮』(1922年)にみる造形思想に通じるものがあり、また氏の「学院を僧院のようにしたいと」という言葉を思い出す空間にも特色があります。そうした作品的、歴史的価値ある建築として日本建築学会では『日本近代建築総覧』(1980年)誌上に早くから掲載され、価値ある建築の一つに数えられております。

  以上のことから、本建築はさまざまな価値を有している20世紀初期の貴重な建築遺産と考えられます。つきましては今後も引き続き保存活用の方途を見出され、このかけがえのない建築遺産の価値を後世に継承されますよう、格別のご配慮を賜りたく、ここにお願い申し上げる次第です。もし求められましたら本会は、この建物の保存活用に際して建築の専門家という立場から、助言をさせていただく用意のあることを申し添えます。

敬具