平成18年4月14日
学校法人文化学院
理事長 松崎 淳嗣 様
校 長 西村 八知 様

社団法人 日本建築家協会(JIA)
関東甲信越支部   支部長 松原忠策
同 保存問題委員会 委員長 川上恵一

「文化学院校舎」の保存活用に関する要望書

拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
貴校におかれましては、戦中・戦後の困難を乗り越え、長年にわたり自由な校風のもとに文化・芸術分野における教育活動を行われ、優れた人材を輩出されていることに深く敬意を表します。

さて、新聞報道等により、貴校が教育活動の拠点である「文化学院校舎」(東京都千代田区神田駿河台所在)を解体する方針であることを知り、驚きを禁じ得ません。
申すまでもなく、「文化学院校舎」は、貴学院創設者の一人で、教育者であり、建築家でもあった西村伊作の設計により1937年に竣工した歴史的建造物ですが、多様な観点からの評価に値する優れた建築であると考えられます。
まず、とちの木通りに面した景観上の価値が上げられます。規則正しく設けられた小窓によって構成された壁面は、トンネル状のアーチやバルコニーによってアクセントが付けられ、質素でありながらヨーロッパのエスプリを感じさせる洒落たもので、蔦の絡まった風情ある表情とあいまって、神田駿河台の芸術・文化的な風土の醸成に景観面において長年多大な貢献をしてきたと考えられます。次に、配置計画の妙から生み出された中庭空間の価値があげられます。アーチを潜る独特のアプローチにより学生街の喧騒と微妙な間合いで隔てられた中庭はある種ユートピア的な感覚を持ち、在校生の文化・芸術面での自由と個性を育む空間として重要な役割を果たして来たと考えられます。そして、西村伊作の建築家としての目が隅々まで行き届き、また、彼の教育理念を体現した建築の価値があります。とちの木通り側の意匠については前述しましたが、中庭側にはアトリエへの採光を確保するためにとちの木通り側とは対照的な大きなガラスの開口部が設けられ、入隅部に設けられた階段室による造形的なアクセントと相俟って、一見朴訥とも見える造形に現代的な感覚を付与することに成功しています。また、内部空間においては、最下階のアトリエは床にレベル差を設けて空間ボリュームに変化を生みだす、最上階では勾配屋根を活かした大空間を劇場としての機能を併せ持った講堂として活用する、などを始めとした多様な手法を駆使して「生活が芸術となる場」としての建築を実現しています。
先達の精神は、それを支えてきた「もの」があってこそ、次世代に継承可能であると考えます。現校舎の存続を図り、中庭空間の持つ意味を活かしながら敷地の有効活用を図ることは、学院の教育理念の継承と、伝統にもとづいた新しい発展を象徴するものとして多くの関係者の支持を得るものと確信いたします。老朽化による建替えとも報道されておりますが、近年の歴史的建造物の保全・活用に関する技術的進歩の成果を活用すれば、克服可能な課題とも考えられます。なにとぞ「文化学院校舎」を取り壊すことなく、その価値を積極的に活かした新校舎計画を立案することにより、西村伊作が教育と共に力を込めた建築という事業を積極的に評価頂くと共に、今まで同様に優れた都市景観の形成に寄与下さいますよう、お願い申し上げます。

なお、社団法人日本建築家協会関東甲信越支部、同 保存問題委員会は、文化学院校舎の保存活用について、出来る限りの協力をさせて頂く所存である事を申し添えます。

敬  具