2007年2月15日

京都市長   桝本頼兼 様
京都会館館長 松本正治 様
 DOCOMOMO Japan代表
                                    鈴木博之

                    「京都会館」の保存に関する要望書

拝啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
本会は、20世紀の建築遺産の価値を認め、その保存を提唱することを目的のひとつとする国際的な非政府組織(NGO)であるDOCOMOMOの日本支部です。
京都市東山区に所在する貴建物「京都会館」につきましては、竣工した時点において、1960年度の日本建築学会賞、建築業協会賞、建築年鑑賞を受賞した著名な建築です。また、近年においては、すでに本会代表と日本建築学会長の連名でご通知申し上げておりますが、2003年、日本建築学会の歴史・意匠委員会の下に組織された選定委員会によって、日本を代表する近代建築100選のひとつにも選定されております。
「京都会館」については、その後、本会が主催者となって開催した展覧会、「文化遺産としてのモダニズム建築―DOCOMOMO100選展」(2005年3月12日〜5月8日,松下電工汐留ミュージアム、2006年9月23日〜11月5日,大阪市立住まいのミュージアム)でも、広く建築内外に紹介させていただきました。さらに、設計者の建築家・前川國男の回顧展である「生誕100年・前川國男建築展」(2005年12月23日〜2006年12月24日,東京ステーションギャラリー、弘前市立博物館、新潟市美術館、福岡市美術館、京都造形芸術大学を巡回)においても、戦後の代表作品の一つとして展示され、展覧会に訪れた延べ5万6千人もの入場者に広く紹介されました。
しかしながら、京都市では、「京都会館」の開館50周年を迎える2010年を目途に再整備を検討されており、その中で、全面建替えの方針も選択肢に挙げられていることを聞き及びました。この点につきましては、本会としましても深い憂慮の念を抱いております。
こうした中、その建築的な価値については、十分にご承知のことと拝察申し上げてはおりますが、改めて本建築に備わる歴史的な価値についてご理解をいただき、今後、その価値の保存について、慎重にご検討下さいますよう要望申し上げる次第です。

この建物の歴史的価値は、次のようにまとめることができます。

1.前川國男の設計による代表作品であること
 建築家・前川國男(1905〜1986年)は、大戦間の1928年、東京帝国大学を卒業した日の夜に、フランスへと渡り、20世紀を代表する世界的な建築家の一人であるル・コルビュジエ(1887〜1965年)のアトリエに学びました。そして、1930年に帰国した後、やはり、日本近代建築の父とも呼ばれるアメリカ人建築家のアントニン・レーモンド(1888〜1976年)の設計事務所を経て、1935年に独立、以後、亡くなるまでの半世紀の長きに渡って、戦前・戦後の日本の建築界をリードした建築家です。
前川が設計を手がけた建築作品に対しては、「京都会館」を含む合計6回の日本建築学会賞をはじめてとして、日本芸術院賞、朝日賞、毎日芸術賞などを受賞し、それらの一連の活動によって、「近代建築の発展への貢献」との評価から、初の日本建築学会建築大賞も受賞しています。さらに、日本建築家協会の会長や、世界的な建築家の組織であるUIAの副会長を歴任するなど、社会的にも幅広い活躍を続けました。
「京都会館」は、その前川國男が、初の本格的な複合文化施設として設計し、翌年の1961年に竣工する「東京文化会館」と共に、前川の代表作品として評価の定まった著名な建築です。前川は、ル・コルビュジエに学んだ近代建築の理念と方法を日本の気候風土や伝統と調和させ、長い時間にわたって存在できる近代建築の実現を生涯のテーマとしました。そうした中にあって、「京都会館」は、後期の前川が積極的に試みていく「打込みタイル構法」という独自の外壁の先がけとなるタイルの積み上げ構法をはじめて用いた画期となる建物です。また、水平線を強調した大きな庇やバルコニー、コンクリート製の手すりなど、その後の前川建築のモチーフとなる多くの要素も含まれています。
そこには、戦災をほとんど受けず、木造の文化が無傷のまま残っている京都の町に対する前川の個人的な思いと、そうした風景を前に、伝統と拮抗できる近代建築を実現するために何が必要なのか、についての深い考察を読み取ることができます。
こうした意味からも、「京都会館」は、前川國男の仕事を理解する上で、さらに、日本独自の近代建築の成果という点においても、重要な歴史的価値をもつ建築です。

2.京都市岡崎公園地区とその周辺における都市景観を代表する建築であること
 「京都会館」は、同時に、長く岡崎公園地区とその周辺の都市景観を形成してきた建物の一つでもあります。周囲には、「平安神宮」、「京都市美術館」、「京都府立図書館」、「京都国立近代美術館」が点在しており、神社仏閣などの歴史的な建築物と共に、風景を形作る「京都会館」は、そうした都市景観的な観点から見ても、今や、なくてはならない貴重な建築文化遺産となっています。それは、古都京都に、明治から大正、昭和へと続く都市景観の歴史的な重層性を作り出し、表情豊かな界隈性を生み出している大きな要素でもあるからです。また、「京都会館」は、正面からピロティをくぐって中庭へと抜ける独自の空間構成をもっており、都市の公共建築がもつべき良好なパブリック・スペースを作り出している点においても、特筆すべき価値を有しています。環境と調和する開かれた公共建築のあり方が求められる現代において、先駆的な意味さえ持ち始めています。

3.建築作品としての価値
 1920年代から始まる日本の近代建築は、戦前・戦後の混乱期を経て、1950年代後半から1960年代の高度経済成長の時代にかけて大きく開花していきます。しかしながら、近代建築は、工業化を前提としたその造り方のために、それ以前の建築がもっていたような、時間の中で成熟していくことが難しい、というジレンマを抱えています。さらに、地震国であり、雨の多い気候風土をもつ日本では、より過酷な条件を乗り越える必要もありました。  
こうした中にあって、前川は、そうしたジレンマに挑み、豊かに成熟することのできる近代建築の実現を何よりも求めた建築家でした。「京都会館」は、その前川の建築思想を代表する建築であり、そうした思想に貫かれているからこそ、竣工から47年を経た現在においても、変わらずに、落ち着いたたたずまいを見せているのです。それは、欧米で開始された近代建築が、日本の風土や伝統と調和する形へと修正されて、より確実な存在へと昇華した姿であり、世界的に見ても評価されるべき事例だと言えます。
このような意味からも、「京都会館」は、DOCOMOMOの選定建築物のみならず、日本の近代建築の中で、独自の存在価値をもっています。

以上のことから、「京都会館」は、さまざまな価値を有する貴重な建築文化遺産と考えられます。つきましては、今後も、そこに込められた設計思想をご理解いただき、良好な状態での保存活用の方途を見出し、このかけがえのない建物を後世へと継承されますよう、格別のご配慮を賜りたく、関係資料を添えて、ここにお願い申し上げる次第です。
最後に、もし求められましたら、本会としましても、この建物の保存活用の方法について、建築の専門家という立場から、助言させていただく用意のあることを申し添えます。

敬  具