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 窓から見えるイルミネーションはやわらかく、あたたかく、クリスマスのおだやかでやさしい空気を感じさせてくれる。飾りつけられて二週間になるだろうか。こんなに落ち着いた気持ちで目にするのは、はじめてのことに思えた。
 終業時刻はすでにだいぶ回って、オフィスに残っているのは彼女と、直属の上司ふたりだけだった。ほんの少しだけ気持ちが暖かくなったところで、帰りじたくにかかった。
 タイミングをはかったのでもないだろうけれど、上司も片づけにはいった気配があった。
「ごくろうさま。おわり?」
 手を動かしながら彼女に訊ねた。ちょうどしたく終わったところだったので、立ち上がって振り返った。
「今日はこのへんにします。まだ年末までいろいろ立て込んでいるんで」
 上司も彼女のうなずいて立ち上がった。
「年明けには次の企画、方針だけでも決めときたいね」
「今年やった連載なんですけど、不動産関係の業界誌で……」
 少し早口になった彼女を軽く制して、
「駅まで歩きながら話しましょう」
 何とはなしに黙ったままオフィスを出てエレベータで下って駅へとつづく歩道に出た。すっかり葉の落ちた街路樹を見ながらならんで歩いていく。
「いくつになったけ?」
「夏に二十五になりました」
「いっしょね」
 一瞬、意図をはかりかねると、笑って、
「四捨五入するとね」
「そんなことでいっしょにしないでください」
「さっきの話だけど、うち不動産業界はだめよ。営業ルートがないから。ないところを開拓するのが営業って話もあるけど」
「それほどの営業力がない?」
「まあね。でもね――」
 駅が近づいてきて、ひとの往来が増えてきた。せまい歩道ですれ違うには相手をよけて立ち止まらなければならない。
「そんなことにしばられないことも忘れちゃいけないんだな。……それで、わたしたちの仕事は、努力がむだにならないよう注意してあげる」
 彼女は上司の表情をうかがう。視線をまっすぐ前方にむけた、不思議に透明な表情が印象的に思える。――誰か付き合っている男性はいるんだろうか。未婚の上司についてそんなことを思った。
「だから否定もするけどね」
 上司のことばに知らずうなずいていた。改札口を通ってふたりは立ち止まる。ふたりは帰る方向が違う。
「あの――関係ないんですけど」
 わずかな沈黙を否定するように彼女は切り出した。
「クリスマス・ストーリィズって小説、ご存じですか?」
 ほんのわずか訝しそうな顔貌になったけれども、すぐに気を取り直したようだった。
「ありそうなタイトルだけど、知らないと思うな。どうかしたの?」
「去年から探してたんです。でも見つかってなくて……」
 急に自分が話を真剣に聞いていなかったと思われるのではないかと不安になる。
「さっきの話ですけど、企画書起こして営業に持ってってみます」
 上司は少し考えてから答えた。
「結果に期待しないなら。――その小説、今年は見つかるといいね」
 そう云って軽く手を振ってホームに去って行った。その後姿に会釈すると、彼女も自分のについた。