Bali Gamelan Club制作DVD Audio
DVDオーディオで聴くガムラン&ケチャ
 90年代後半に新しい音楽メディアとしてソフト開発がスタートしたDVD-Audioだが、現在のコンピュータの普及に伴うCDのコピー問題など、デジタルメディアの抱える多くの問題点などに直面し、多難のスタートとなった。
 音楽メディアが高音質のデジタルで世界中に広まったオーディオCD中心に、その後のインターネットや携帯電話の普及によって誕生する様々な方式の配信メディアで、ユーザーのリスニング・スタイルは多様化している。その多くが高度な圧縮技術によるメディアの小型化、或いはノン・パッケージ化が進む一方、DVDとSONYの提唱したSACD(スーパーオーディオCD)は大容量&高音質を目指した。特にDVDビデオはこれまでのVHSのようなテープメディアによる動画記録をよりコンパクトで品質変化の少ないデジタル動画メディアとして急速に普及し、コンピュータによるビデオ編集やテレビの多様化による記録媒体としても記録出来るディスクメディアのDVD-Rなどがごく一般的なものになりつつある。
 このような混沌とした中で開発されたDVDによるオーディオ規格は多チャンネル&高音質を謳い文句に展開を図ろうとしたわけだが、ソフト開発初期の最大の問題に直面する。それはDVDというメディアが生まれた背景にコンピュータの世界で生まれた産物だったことに関係するのだが、コンピュータの世界ではソフトは必ずハードディスクにコピーをして使うことを前提にしているため、アメリカの法律では1回のコピーは合法と定められている。それに対して音楽業界では音楽著作物のコピーは基本的にNGとしなければ違法になってしまう。この「コピーの0/1問題」は初期段階でのDVD Audioのソフト開発の足を止めることとなる。
 実は今回紹介するDVD-Audioによるガムラン&ケチャの企画もこの「0/1問題」の波をもろにかぶってしまった企画で、2000年春にレコーディングされた音源が2003年12月にようやく当初の目的であるDVD-Audioとしてリリースに漕ぎ着けたわけだ。
 デジタル音声の高音質化を図る一つの方向としてハイビット&ハイサンプリングという技術がある。“ハイビット”は最大音量から最小音量までの段階をより幅広く且つ細かくするもので“ハイサンプリング”は1秒間の時間軸をより細かく区切ることでより高い周波数の収録&再生を可能とさせる。つまり同じ時間の音をCDよりもより細かく記録させることによって、より繊細に音声を記録させることで高音質を得られるという仕掛けである。
 さて、技術的な話ばかりしているときりがないので今回紹介する3枚のアルバムに話を移そう。
 既にこのホームページでも紹介している細野晴臣プロデュースのGong GeladagとManikasantiのCDは2000年にこのDVD-Audioによるガムラン&ケチャのプロジェクトのプロローグとして通常のCDとしてリリースされた。この2枚の内容についてはここで改めて解説しなくても既に多くの方がお聴きになっていることと思う。このプロジェクトの最大の目的はDVD-Audioの持つ超高音から低音までのワイドレンジ&多チャンネルの魅力を体験出来るソフト開発であった。ご存じのようにバリ島のガムランは超高音域までの音成分が含まれ、実際に生でガムランを聴いたときに感じる金属的な堅さと柔らかさのバランスがこれまでのCDではなかなか再現しにくい音楽として知られていた。一方、バリ島を代表する芸能の一つ「ケチャ」は多くの観光客の人気芸能で、演者が灯を取り囲みその輪の中で演劇が進行していく360度正面で演じられる。つまりこれだけDVD Audioに向いているソースは世界の様々な音楽の中でもDVD-Audioのスペックを最大限に活かすこと出来るソースはなかなかないのである。
 こうして1999年秋にガムランとケチャを収録する大プロジェクトが始まった。当時はまだこのフルスペックに対応出来る録音装置は開発段階にあり、録音までの数ヶ月間は機材の調整やマイクなど使用する機材の選定に費やされる。マイクやケーブル類の選定には東京にある実際のガムランの楽器をスタジオに運び込んで逐一音質のチェックを行った。そうして選び出された機材をまとめると概算でも600kgを越える機材となってしまう。
 一方収録する場所の選定はとても難しい。特に開発途上にあったDVD Audioの収録機材はとてもコンパクトとは言い難く、さらには多くの電源を必要としてしまう。バリを観光された方ならおわかりと思うが、バリ島の電源事情はとても安定しているとは言えないのだ。山で雨が降ればすぐに停電する。夕方暗くなってくると電気の使用量が急激に増えて一気に電圧が下がってしまう。こうなるとデリケートなデジタル機器はお手上げになってしまうのだ。最悪はフリーズして回復不可能になる危険性も秘めている。その為、収録に先立つこと2ヶ月前に行った現地ロケハンでは電源のテスターを片手にバリ島に飛ぶこととなる。会場下見に着くとまずはコンセントを確認してテスターを差し込む。同じ部屋の中でもコンセントによって安定度がなぜか異なる。最も良い条件のコンセントを探し回る。そんな感じで昼間の時間帯と夕方以降での電圧差も調べる。それと同時に今回の目的に十分となるソース、つまり楽器の音色や演奏力を満足させる、それよりなよりにそのグループの音楽性そのものが最高レベルのものでなければ意味はない。バタバタとバリ島を走り回り会場を這いずり回って、各グループとの交渉も済ませまずは帰国することが出来た。このDVDの収録会場として使用したSMK3(バリ島総合芸術高校)はデンパサールからほど近いバトゥブランにある。交通量の多い幹線道路からやや奥に入っていること、山間部の静かな場所よりも電源が安定していること、そしてなによりも芸能に対する知識が豊富なこと、これらがバランス良く且つ多少の雨でも調整室を設置しやすいことがここでの収録を決定させた。
 2000年4月、前日までなかなか言うことを聞いてくれない録音機材を積み込んでとうとう出発の日が来てしまった。ガムランの監修者を引き受けてくれた細野晴臣氏やオーディオ評論会の斉藤宏嗣氏など、制作&宣伝部隊十数名が続々バリ島入りをした。翌日早々に会場に機材を設置し、出発前まで不安定だったコンピュータに灯を入れる。が、不思議なことにあれほどいうことをきかなかったレコーディングソフトのベータ版がなにも文句を言わずに動き続けている。収録が進んでいっても出発前には頻繁に起こっていた途中フリーズもいっさいない。なぜだ??心配していた雨もほとんど降らない。空が怪しくなってきてもとにかく大降りにはならない。なぜだ??夕方にガタ落ちする電圧の低下によるノイズ混入も1度も起きない。以前DATで収録したときはレコーディング中に「バツッ!」というノイズとともに急激に電圧が下がってしまったのだが今回はなにも起きない。なぜだ??こうやって4日間の収録中トラブルらしいトラブルも一度も起こらず、予想とは裏腹に完璧なレコーディングが終了した。今考えてもあれほどリスクを背負って行ったにもかかわらず、これほどスムーズに全てが進んでしまったことが信じられない。バリ島は神々の島とも云われているが、この時の状況は巷で云われているようなどんな不思議体験よりもなによりも不思議な体験だったのかもしれない。

 2003年12月17日にこの時の録音を100%収めたDVD Audioがリリースされる。一般のDVDプレーヤーの中でDVD Audio対応のものは機種が限定されてしまい、またWin&Mac関係なくコンピュータ上でDVD Audioを再生出来るソフトはまだ無いので、これを購入しても聴くことの出来るユーザーは非常に少ないはずだ。ちなみにサラウンドによるケチャはサラウンドスピーカーシステムも必要となってしまうのだが、その不思議な音場体験のためのソースとして敢えて2chCDではリリースしていない。静止画のスライドショーで映し出される収録時の写真はカメラマンの小原氏が力を入れて撮影してくれたものである。こんな状況のDVD Audioではあるが、もし聴いてみたいと思う方がおられたら是非質の高いオーディオ装置に接続して聴いて頂ければ幸いである。きっとこれまで体験したことのない音の空間が出現してくれるはずだ。