キングレコード
the world roots music libraryより
バリ島関連のCDが7月9日一挙登場

 1990年にバリ島で大々的にレコーディングツアーを敢行して、長年その一部しか発売されてこなかった眠っていた音源が遂にリリースされた。これまで発売されたものと併せ、バリ島の様々なガムランや芸能を網羅したシリーズとして、バリ島の芸能を知る事のできる貴重な音源の数々だ。録音もキングレコードの優秀なエンジニアによるもので安心して楽しめる。まず第一弾としてその中からややマニアックではあるが興味深い5作品を取り上げてみた。

バリ/スカワティのワヤン - 黄金の国
KICW-85059〜60(2枚組 税込2,800円)

 バリ島の人々の通過儀礼の中で大きな役割を果たす人形影絵芝居“ワヤン・クリッ”。その伴奏を司る4台のグンデルは、バリ島のガムラン打楽器の中でも特に演奏難度が高いと言われている。
 バリ島の広い地域で演じられるこのワヤンなのだが、多くの観光客がそれを見るチャンスはかなり少ないのではないだろうか。ヒンドゥー教の叙事詩マハーバーラタを主に演じる人形影絵芝居の為の小編成ガムラン“グンデル・ワヤン”によって伴奏される。また、ダランと呼ばれる人形遣いは、単なる演劇を演じるものというだけではなく、人々に対する戒めや人生哲学を伝える僧侶的な側面も併せ持つ、バリ社会の中でも尊敬すべき人物とされている。
 前置きが長くなったが、ここに収録されているスカワティ村は、現在この影絵を伴奏するグンデル・ワヤンの実力No.1と称されるグループである。このアルバムでは1枚目に影絵の幕開きからストーリーの始まる前までが、2枚目からは本題が始まる部分からが収録されている。実際には3時間から長い村では4時間以上も演じられることのある影絵芝居なので当然抜粋部分もあるが、質の高い演奏と語りの見本としても貴重な1枚だ。

バリ/バトゥアン村のガンブー
KICW-85110〜1(2枚組 税込2,800円)

 バリ島のガムラン音楽の旋律の基礎ともなっている、長尺の竹笛スリン・ガンブーを中心に編成される優雅なガムラン。パンジ物語という古代ジャワの物語を演じる音楽劇のためのガムランとして、バリ島でも数カ所にのみ伝承されている芸能だが、このガンブーは旋律だけでなく、踊りとしてもその後のバリ舞踊に大きな影響を与えている。
 ガンブーだけで用いられる長い笛数本とルバーブとよばれる2弦胡弓が奏でる一種異様な音色の旋律に、役者の動きに合わせて微妙にテンポを揺らしながら進行するリズムセクションが奏でていく音楽はガンブーの不思議な魅力として、麻薬的な効果を生み出している。
 このCDに収録されているバトゥアン村のガンブーは、1982年のダルマ・サンティ歌舞団としてGong Kebyarのグループとともに来日したこともある名門グループだ。ガンブーの上演そのものは大変長いものなのでこのCDはそれを2枚のCDに必要十分に短縮して収めている。音楽劇という事で映像も是非欲しいところではあるが、登場キャラクターや場面で使われる伴奏曲などは、その他の編成のガムランで伴奏される様々なバリ芸能で現在演奏される旋律モチーフの原型を聞く事が出来、現在発売されている多くのガムランCDや、バリ島観光で芸能を見るときに大変参考になるので、興味のある方は是非じっくり聴き込んで欲しいCDだ。ある意味超マニアックではあるが、「通」にとっては欠かせないアイテムである。もちろん、この独特な音の雰囲気に浸りきりたい方にもお薦め。幽玄の世界へトリップ出来るだろう。
 なお、1982年の来日公演の模様は、当時ビクターが収録しており、その一部分はLPとして発売されたが、機会があれば是非ガンブーの全貌もリリースして欲しいものだ。

バリ/スンブウックのガンバンと
シンガパドゥのキドゥン

KICW-85172(税込1,800円)

 バリ島のガムランの中でも最も古い部類に属するこのガンバンは、葬儀のガムランとしてバリ島南部に極わずか残っている大変珍しいガムランである。独特の7音階を用いて青銅製鍵盤楽器サロンが主旋律を奏し、それに合わせて竹製の鍵盤を奇妙な並びに配置させた数台のガンバンが独特のコテカン(いれこリズム)を奏でていく。死者の霊を昇天させる間、この単調ではあるが静かなトランスを起こさせるような不思議な音空間を延々と演奏し続けていくのである。後にバリ島の名作曲家ロットリングが、このガンバンの独特のコテカン手法を用いて現代的なガムラン曲「ガンバン(ガンバン・クタ)」という楽曲を作曲した事でも知られている。
 キドゥンはバリ島のヒンドゥー寺院で信者たちによって唱われる宗教歌で、日本で言えば差詰め信者も一緒に唱える声明とでも考えてもらえれば良いかもしれない。バリ島の寺のお祭りなどで、良く寺の境内で唱われているのを見かけた事のある方も多いかと思う。
 このCDはそういった意味で非常に宗教性&儀礼性の強い1枚といえる。

バリ/ブダ・クリンのチャクプン
KICW-85171(税込1,800円)

 祝宴席のどんちゃん騒ぎとでも言うのだろうか、これほどお目出度いCDは滅多にない。少しでもバリの芸能をかじった事のある御仁であれば、このCDを聞いて勝手に体が動き出してしまうのではないだろうか。たとえ下戸でもつい一杯アオってこの車座に加わりたくなってしまうような、バリの人々の「ノリの良さ」を如実に伝える芸能だ。
 バリ島にはガムランに限らず芸能といわれるものには実に様々なタイプのものがあるが、ここまで徹底的に「宴会」に徹しているものはあまり他に例がない。日本の田舎の農家の広間で皆が集まって民謡に唄い興じる姿とイメージが重なり合ってしまうが、そこはバリ、参加者全員がそれぞれのガムランパートに別れて一つの音楽を形成してしまうのはさすが。唯一楽器として加わるスリン(笛)とルバーブ(胡弓)がマジになって旋律を奏でているのが少々哀れに思えてしまうほど、周囲の唄囃子連中の盛り上がりが面白可笑しい。この芸能に参加するときは是非唄囃子連中に参加するべきだろう。そうすれば静かな唄の場面で発散してしまったアルコールを補充する時間的余裕もあるし、次に訪れる盛り上がりに思い切り参加する事も出来よう。これで浮世の憂さを忘れる事が出来ること請け合いだ。

バリの諸芸能
KICW-85174〜5(2枚組 税込2,800円)

 このシリーズが如何にバリ島で大々的な収録を行ったかを如実に示すアルバムだ。バリには様々な芸能が存在することは再三このホームページで書いてきた事だが、この小さな島の中でも地域によって、或いは冠婚葬祭や数々の通過儀礼において様々な芸能が演じられているわけで、それらを少しでも網羅していこうという姿勢がこのCDに示されている。もちろん音楽CDとして巧くまとめてあるあたりは編成したプロデューサーの見識がしっかりとしているので、2枚のCDを飽きることなく聞く事が出来る。
 このCDでは1枚目に“ジャンゲル”と呼ばれるバリ島版歌垣とスリン(笛)のソロが収録されている。ジャンゲルは若い男女により歌い踊られるもので、それぞれが様々なフォーメーションになって演じられる大変艶やかなものだ。初めて私がこれを見たときに、若い女性のグループが登場した瞬間「まるでハトヤのショーみたいだ」とつい思ってしまったものだ。まあ、最近ではハトヤのショーをイメージ出来る御仁も少ないかもしれないが・・・。
 その後にスリンのソロが2曲収録されている。バリの芸能、とりわけガムランではそのリズム的な印象が強くてパーカッシブな音楽と捉らわれがちなのだが、実際には「歌」やその旋律はとても重要で、前出のガンブーなどでもお分かりのように主旋律がとてもハッキリと聞き取れる音楽がベースになっている。なかなか単独で笛の演奏を聴くチャンスは少ないかもしれないが、この演奏でその旋律のバリエーションの豊かさの一端を垣間見る事が出来る。
 続く2枚目にはバリ島西部の独特の芸能が収められている。巨大な竹を使ったガムラン“ジェゴグ”があまりにも有名になってしまい「西部バリといえばこれ」みたいに思われがちなのだが、竹を使った様々な楽器を用いた芸能はじめ、バリ島全域で聞く事の出来る様々な声楽なども当然聞く事が出来る。最後に収録されているクンダン・ムバルンは、収録された音で聞くと小編成のガムランが2チームグチャグチャに演奏しているようにしか聞こえないが、実際は直径1メートルもある両面太鼓を中心としたガムランチームがバトルを繰りひろげるというもの。太鼓のサイズに比べて叩くバチが異様に小さいという事で音ではその迫力があまり伝わらないようだ。その迫力は実物を見ないと分からないかもしれない。