遮那 〜水のながれ光の如く〜

 細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットのメンバーとして、私が笛の雲龍さんと一緒に音の世界で交流させて頂いてからもう10年以上が経つ。とは言っても、年に一度、伊勢の猿田彦神社でご一緒するという極限られた時間でのことなのだが、その限られた時間だからこその密度の濃い時間をご一緒させて頂いた。演奏自体も一期一会というのか、本当にその場所の空気と風と、自然の霊気を感じながら、メンバー全員でそれを音に変換する作業を毎年行ってきたわけだ。

 その中でもとりわけその“霊気”がそのまま音になったような演奏をされるのがこの雲龍さんである。
 雲龍さんの本質を語る素晴らしい言葉や絵の数々は実際にこのCDブックを買って頂ければ良いので、ここでちょっと雲龍さんについて私なりにご紹介してみたいと思う。

shana-recordsより公表発売中
SHANA-0501
税抜2,800円/税込2,940円
 雲龍さんは元々能囃子(鼓)の名門の家系の御出身ながら、能の世界から飛び出してより深遠な笛の世界を自ら切り開いてきた人なのである。雲龍さんのご兄弟とも何度か仕事で(ガムランの演奏ではなく)お世話になったこともあるのだが、雲龍さん、そして雲龍さんご一家とは、このモンゴロイドユニットを通して本当に良いおつきあいをさせて頂いている。演奏以外で雲龍さんとお話ししているときは、一見ストイックに見える反面、とてもユニークな冗談が突然出てきたりと大変愉快な方なのだが、いざ演奏となると周囲の自然界の波動が雲龍さんの周辺に集まってくるような独特の世界を醸し出す。能の幽玄の世界を彷彿とさせるこの瞬間が雲龍さんの真骨頂だ。或いは、尺八本曲の自然界の様々な現象や目に見えない波動を「音」に翻訳するという点でも不思議な一致を感じさせる。ある意味では現代の“吹禅”とでも言うべき雲龍さんの笛の音は、コンピュータに代表される現代社会の中にあって大切な“空間”を感じることが出来る贅沢な時間を提供してくれる。

 バリ島のガムランのように、隙間を細かく埋めていく音楽は、この雲龍さんの笛のように一つの音、音と音との隙間を十分に保って生み出す世界とは全く逆の様に聞こえるかもしれないが、実際にそれぞれの世界をどんどん突き進んでいくと、実は同じ所へたどり着くことをご存じだろうか?トランス状態にもやはりこれと同様にハイ・テンション系でのトランスと、座禅などで得られる超ロー・テンションなトランスとが存在する。バリ島の儀礼の中でも非常にハイテンションでトランス状態に陥る場合と、ただ瞑想している状態でトランスに入る場合とがあることは、このホームページをご覧になっていて、しかもこんな文章までもまじめに読んでおられる方ならば理解が出来るはずだ。静寂の世界から生まれてくる“動”の世界と、激しさの中から生まれてくる静寂感。これらを感じ取ることは、音の世界を泳ぎまわるための奥義の一つなのかもしれない。
 このCDを聴きながら文章を書いているとつい柄にもないことを書いてしまうので、抽象的な話はここまでにしようと思う。

 ということで、この雲龍さんのファーストアルバムである。細野晴臣さんと語りながら、なんと3年9ヶ月(だったかな?)かけてようやく完成したという超贅沢なアルバムなのだ。さらに、このジャケットは“流水紋”(だったと思う)という、水の生み出す偶然の模様を写し取ったという、雲龍さんの音の世界を具象化させたような表紙となっている。さらには素敵な方々の素晴らしいエッセイでまとめられた本の中身と、実に雲龍さんらしい作品に仕上げられている。

 テレビやネットで流れてくる機械的な音や、ゴング・クビヤールをやりすぎ(聴き過ぎ)て疲れた耳と感性をリフレッシュするのにお薦めの1枚だ。

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