第3回 バトゥアン村の tabuh Ginanti「ギナンティ」

7音のスマル・プグリンガンによるバトゥアン村のガンブー楽曲

 第3回は、再び7音のスマル・プグリンガンによるバトゥアン村スタイルのガンブー曲から「ギナンティ」。このプロジェクトのチャンネルで最初にアップされたものらしい。

 この手の古典曲は地域やグループで同じとされる楽曲自体や構成など、異名同曲や同名異曲も含め、かなりの差異があることがままある。この「ギナンティ」もそのおもしろい例の一つ。

 ガンブー紀元の楽曲の中でも広く知られ、また、他のガムラン編成でもよく演奏される曲にSinom Ladrangという曲がある。これはプレゴンガンなどでも比較的広く演奏されることのある曲だ。実際、7音のスマル・プグリンガンが注目を集めることとなったASTIによる録音にも収録されている。また、その元となったプドゥンガンのガンブーの楽曲としても存在している。
 一方バトゥアン村のガンブー・レパートリーにはSinom Ladrangという楽曲は存在しない。その代わりということがどうかはわからないが、この村ではこのギナンティが演奏される。聴いてもらえればお解りと思うが、所謂Sinom Ladrangのpengecetに酷似している。若干尾ひれが付いているとはいえ、おそらく同じ曲と言っても差し使いはないだろう。
 日本に於いても民謡のような大衆芸能では、伝播の課程で広大寺節が古代神と伝わったり、新潟節が荷方節(単に訛っただけじゃないか)と伝わったりするわけで、バリ島に於いても伝播の仕方は様々なのだろう。とりわけ今日のように人々の行動範囲が極めて狭かった時代であればなおさらである。
 もう一つプドゥンガンとバトゥアンの7音で大きく異なる点は、パテット(調)の体系が若干異なる点である。7音から作り出されるペンタトニック(5音階)は原則的には7種類存在するが、その中のtembungと呼ばれる調がバトゥアンでは体系化されていないらしい。実際にはこの調の曲は存在するようなのだが、調に対する感覚は明確な差があるようだ。
 ASTIがスマル・プグリンガンに移植を行ったSinomではtembung調で演奏されているが、このバトゥアンではselisir調で演奏されている。とはいえ、その気になれば同じ曲を異なる調で演奏することは十分可能なわけで、その地域・或いはグループによる調に対する感覚の差も、7音のガムランを聞く楽しみの一つと言える。

 さて、このギナンティ、「それではpengawakはどこへ行っちゃったの?」と聞かれても困ってしまうのだが、まあ、そんなことは置いておいてバリの古典曲の伝播と分布については今となっては詳しいことを調べるのも困難であろう。現状どちらが起源か、などと言うことは野暮な疑問でしかない。とはいえ、この差がどういうことなのか詳しい方がいたら是非ご教授願いたい。