宗教の歴史地図
     ―現代世界を読み解く新たな視点




目次
第1部 世界に蒔かれた宗教という火種
1章 「米国同時多発テロ」はなぜ起きたのか

2章 わかりあえない神々
 世界宗教の起源と宗教紛争のはじまり
 聖地エルサレムと中東問題
 現代の宗教紛争の読み方

第2部 宗教の歴史地図
3章 キリスト教の歴史地図
4章 イスラム教の歴史地図
5章 仏教・ヒンズー教の歴史地図


はじめにから・・・・・

 二〇〇一年九月、アメリカで起きた同時多発テロ事件は、国家対テロリスト集団という新たな戦争を引き起こした。

 戦場となったのは、長年の内戦で国家が乱れ多くの難民を出しているアフガニスタンという国であり、そこへ攻め込んだのは世界の超大国アメリカと同盟国である。

 なぜ最も貧しい国が、最も富める国と戦わねばならなかったのか。なぜタリバン政権はビンラディンやイスラム過激派集団をかくまい、新たな血を流さねばならなかったのか。この事件が起きたとき、ビンラディンやタリバンが掲げる「聖戦」や、その背景にある「イスラム主義」という宗教の理念を、すぐに説明できた日本人は少ないはずである。

 日本人は基本的に宗教が苦手である。これはいまにはじまったことではなく、鎖国を解いて西欧文化を受け入れた明治維新以降、ほとんど変わっていない。苦手というよりも、宗教による世界観や文化・習慣の違いというものに関心がなくても生きてこられたから興味が向かなかったといってもいい。しかし、二〇世紀後半から、世界で起こっている戦争・紛争のほとんどは、その背景に宗教の問題がかかわっている。とくに冷戦以後の国際紛争は、ほとんどが民族・宗教の対立なのである。

 パレスチナをめぐる中東紛争や、旧ユーゴでの悲惨な内戦を情報としてとらえてはいても、その奥にある根本的な対立の要因を知ろうという姿勢が、多くの日本人には欠けている。チェチェン、ボスニア、北アイルランド、インド・カシミールなど、マスコミが伝える紛争地域の名は覚えても、自分たちにとってしょせんよその国の出来事であって、なんらかかわりがないという意識が支配的に思われるのだ。

 しかし、今回のような事件が起きたとき、国際社会では「なぜイスラム世界の一部はアメリカを憎むのか」という問いに、「自分たちとは関係ない」ではもはや済まされないのである。経済大国となった日本だが、国際社会のなかでいつまでたっても大きな発言力をもてずにいる。外交や企業の海外進出の際も、「宗教」という苦手領域にはなるべくふれずにすむ方法をとってきた。

 しかし、それでは今後も、国際社会に起こるであろう重大事件に適切な判断を下すのはむずかしい。宗教というものを日常的にほとんど意識せず、逆に宗教への深いかかわりを敬遠する日本人というのは、世界では少数派となる。何よりも、世界の三〇億以上の人間が日本人とは異なる宗教の理念によって行動していることをあらためて知る必要があるだろう。

 宗教は、単に魂の救済や安らぎ、また社会的儀礼のためのものではなく、千年二千年という長い年月の間、政治や文化に深く影響しながら民族の世界観をつくりあげていくものである。ときに国家という枠組みを超えて、一つの同じ神に帰依する巨大な共同体を形成することもある。イスラムがその代表的な例である。

 また、宗教はその成立がそうであったように、社会を変革し、新しい生き方、新しい世界を生みだす力をもっている。宗教を知るには、いまの姿だけでなく、その成立の背景と歴史のなかでの変遷を知ることが重要である。

 本書では、第1部でアメリカ同時多発テロ事件がなぜ起きたかを探り、またいま世界各地で起こっている宗教・民族紛争の背景について、宗教という視点をキーに多角的に検討している。第2部では、世界宗教と呼ばれるものを中心に、その成立と歴史を見ながら、各宗教の世界観と現代社会で抱える課題を概説する。

 宗教という視点から現代世界を解き明かす、その大きなヒントとなれば幸いである。

  二〇〇一年 一一月                        


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