『宗教社会学のすすめ』(丸善ライブラリー354)
     丸善株式会社、2002年2月

宗教社会学のテキストとして使われることを念頭においています。それと同時に一般の人がしばしば抱くような宗教に関する疑問に対して、基本的な説明になるようにと心がけました。

あとがきから

 大学院時代に国学者の思想や深層心理学に関心をもっていた私が、社会的な場における宗教の「動いている姿」に興味を抱くようになったのは、いくつかの実態調査に関わったからである。最初はさほど自主的とは言えず、調査の下働きとか、共同研究者に加えてもらうという形で、フィールドワークの真似事を始めたが、いつしか率先してやるようになっていた。

 国内調査から国外調査へと対象が広がるなかで感じとられたのは、新宗教の活動の多様さ、その社会的影響の意外な大きさであった。新宗教研究はやがて私の主要研究テーマになった。調査を重ねしだいに全体の見取り図がおぼろげながら見えてくると、それに対する理論的肉付けも深めなければならない。まず適用されるのは、主として欧米の宗教社会学が築いてきた理論ということになる。しかし当然のことながら、それらは欧米の宗教状況を暗黙の前提として議論されている。なるほどと合点がいく理論がある一方で、なんとなくしっくりこないものもある。日本の宗教状況を理解できるような理論の構築を手がけることも必要に思えた。

 そうした思いのなかで、宗教社会学を研究している仲間(磯岡哲也、岩井洋、中野毅、弓山達也の各氏)と共同で刊行した入門書が、『現代日本の宗教社会学』であった。欧米の理論の紹介という面では、不十分な所が多いと言わざるをえないが、日本社会の状況に立っての宗教社会学的発想を試みるという点では、なにがしかの提起をしえたのではないかと考えている。

 一九九〇年代は、日本でも情報化、グローバル化の急速な進行が目についたのだが、九五年三月にオウム真理教による地下鉄サリン事件が起こって以来、宗教に対する日本社会の目は厳しく冷淡なものになっていった。とくに若い世代の宗教教団や宗教運動への警戒心は、相当に強まったことを肌で感じた。本書の執筆が最終段階に達していた二〇〇一年九月十一日、アメリカで同時多発テロ事件が起こった。いわゆる「イスラム原理主義」についての話題があちこちで取り上げられ、宗教への警戒心はいっそう強まった。だが他面で、宗教問題から目を背けてばかりでいいのだろうかという、一種の反省のようなものも芽生えたのも確かである。

本書は宗教社会学の入門書という前提で書き進められたが、かなり広い意味における宗教社会学である。むしろ「宗教と社会」学とでも表現するのが適切かもしれない。実は一九九三年に、「宗教と社会」学会という名称の新しい学会が設立されている。私はその設立発起人の一人であった。名称をどうするか、いろいろ議論があったが、研究の焦点は「宗教」と「社会」との関わりであり、方法については多様なものが考えられるということで、「宗教と社会」学会という括弧つきの名称になった。従来の学会名の感覚からすれば、やや違和感を覚えた会員もいるようだが、しかし二十一世紀にはいってみれば、こうした名称のつけ方は、ある意味では実態に即していると見えてくる。研究の対象はある程度明らかであるにしても、どのように調査し、研究し、分析したらいいのかということは、ますます混沌としてきたように思われるからである。社会学、人類学、民族学、民俗学、歴史学といったような区分をして、これまでのそれぞれの分野における方法論にこだわるのは、あまり意味がなくなったのではないか。

 一九九八年秋に財団法人国際宗教研究所が、宗教情報リサーチセンター(略称ラーク)を開設し、私はその責任者となった。現代宗教に関するさまざまな資料やデータを収集し公開する業務に携わることになった。研究員たちが毎月一万件前後に達する新聞雑誌記事をもとに作成する季刊のレポート(「ラーク便り」)を読むと、世界の動向に宗教がさまざまな形でかかわっていることがリアルに感じとられる。外国で起こった宗教に関する小さな記事が、ほどなくして、日本社会にも大きな関わりをもつ出来事であったことが分かったりする。

 かくて、宗教をめぐる状況が新しい段階に達しつつあることを個人的にも実感する中で、本書は執筆された。それゆえ、基本的な学説を丹念に整理するというより、社会における宗教、とくに日本社会から見た世界の宗教状況を理解する上で、何が重要な視点になるかということを念頭において全体を構成した。限られた紙数ゆえ、割愛せざるを得なかったトピックや理論もいくつかある。自らの非力さゆえ、カバーし得ない領域もある。それらについては末尾に記した他の入門書などを参考にしていただき、しだいに細かなテーマへと進んでいただきたい。これからの社会、文化を考える上で、宗教についての視野を広げることが、きわめて重要な意味をもつことを多少とも分かってもらえれば、本書の主たる目的は達せられたことになる。

 多くの研究者仲間、とりわけ国学院大学日本文化研究所の宗教教育プロジェクトとインターネット・プロジェクトのメンバー、「宗教と社会」学会の宗教意識調査プロジェクトのメンバー、そしてラークの研究員には、有形無形の恩恵をこうむったことに感謝したい。最後に、本書執筆を勧めていただいた丸善の小林秀一郎氏にも御礼の言葉を申し述べたい。

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