『夜の雨 −東京野宿1998−』(98/12/12)


自主制作ビデオ上映&トーク
時間:18:30〜21:00
場所:シニアワーク東京
料金:1000円
会場 野宿者(ホームレス)の状況をドキュメントビデオとして作成をした『夜の雨  −東京野宿1998−』を見て来ましたが、彼らは特別な人たちというわけでもな く、私たちも案外簡単にそうなる可能性がある、という部分で共感を得られる 内容です。 ストーリの方は、誰かに焦点を絞って追っかけているわけでもなく、路上生活 者の姿を淡々と描いている。秋葉原でリアカーを引いて日銭を稼いでいる人た ち、炊出しに並ぶ彼ら(これが想像以上に多い、こうずらーと並んで待ってい る状況を見ると、こんな多いのかと驚くほど多い)、公園やビルのシャッター の前でダンボールにくるまる姿、都会で生活をしている人ならば誰もが見知っ ている状況を撮影しています。 どちらか?というと、インタビユーや状況説明は少なめです。 誰かの1日を追いかけるような形で、路上生活者の現在を見せてくれるともう少 し理解しやすいのかもしれませんが、逆にそれが私なんかの視点と同じに思え る。 路上生活者がどう暮らしているのか?というよりも、彼らの周辺の状況を見る ことで、解釈は私たちにあずけられる。 どう感じるのか?は、自分たちで決めなくてはいけない。 実際、食料を得られなければ、それだけで生死が決定してしまうほど追い詰め られた人たちも居る。 本当は、衣服提供や食料提供、住居の提供を都が行えれば良いのですが、実際 一番お金がかかりそうな分野ですし、何よりも既成の枠に入りたがらない人た ちも居るでしょうから、センターを作っても無意味なのでは?とも思える。そ れでもまずは作ってみて、そこに行けば衣食住が提供されるとなれば、やはり 違うのでは?と感じたりする。 それよりも、路上で生活してしまうと、明確に元に戻れなくなる話もあります。 やはり社会からドロップアウトした「自分」を郷里や家族が受け入れてくれる のか?実際ドロップアウトして元の家庭に戻っても、違和感を感じて戻ってし まう。なんて話を聞くと、明確に境界線ができてしまう。まず自分の心の中で 線引きをしてしまう、そうなると戻れなくなる話もあります。 最近の報道では、バブル期にローンを組んで、それが今になって払えなくなり 路上生活者になってしまうなんて話も聞きます。 こうなるともう明日はわが身とも感じたりする。誰もが潜在的にそうなる可能 性もあるし、一度越えてしまうと戻るタイミングが難しくなる。そんな話でし た。

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