日本の医薬品産業の現状について

薬害HIV問題を切り口として

1996年9月

CONTENTS

序 論

1 医薬品業界の構造と特性

1-1 医薬品産業の構造と市場特性

1-2 薬価基準制度と薬価差益

1-3 製薬企業の財務・会計特性

2 医薬品業界の現状と体質

2-1 医薬品業界の現状

2-2 薬害HIV問題に見る医薬品業界の体質

 まとめ 医薬品産業の将来展望

参考文献

序 論

 薬害HIV問題は、今夏、最も注目されている社会問題であろう。1989年以来の「薬害HIV訴訟」は、今年3月29日に和解が成立した。近年の薬害訴訟において、判決なし に被告側が責任を認めて謝罪し、全員を対象に和解で解決するなど画期的であったと称されている。しかし、その後今年8月29日には、帝京大学の安部英元副学長が業務上過失致死 容疑で逮捕され、薬害事件で初の医師の刑事責任の追及へと新たな局面を迎えた。また、同時に、厚生省に対して中央官庁としては「リクルート事件」以来の異例の約10時間に及ぶ 家宅捜索が実施された。
 今後捜査が進むにつれ、製薬会社のみならず、医療の過失責任、国の監督責任も明らかになると思われる。
 薬害事件が起こるたびに、「政・官・財」加えて今回の薬害HIV問題においては、「学」もであるが、一体化し、真相を覆い隠す傾向にある。今回の事件も、行政・医療・製薬の三 者が絡み合った、複合薬害の様相を呈している。
 サリドマイド、薬害スモン、最近では、1993年の日本商事の皮膚病薬ソリブジンとFU系抗ガン剤との併用により、15人が死亡する被害が記憶に新しい。このように過去から 現在に至るまで、医薬品の副作用による人権侵害が何度となく繰り返されてきた現状を踏まえ、薬害を引き起こす、医薬品業界の構造と特性を調べ、明らかにした上で、医薬品業界の現状と 問題点について、さらに日本の医薬品産業が、今後世界市場において、生き残るための将来展望について考えていく。

1 医薬品産業の構造と特性

1-1 医薬品産業の構造と市場特性

 日本の医薬品産業は、昭和30年代以降急速に発展した。戦後、画期的な新薬であった、ペニシリンやストレプトマイシンなどの抗生物質の製造から復興を開始し、昭和30年代に入り、ビタミン剤や栄養保健剤などを中心とした、大衆薬ブームを迎え、発展期への基盤を固めた。
しかし、国民の栄養状態の回復に伴う、栄養剤不要論や、昭和40年のアンプルかぜ薬事件やスモンなどの相次ぐ薬害事件の発生からブームは沈静化する事となる。
昭和30年代から40年代にかけての大衆薬ブームに変わり、業界を牽引する要素となったのが医療用医薬品である。医療用医薬品の生産は、国民皆保健(昭和36年)老人医療費の無料化(昭和48年)などの国の福祉政策の拡大により増大し、医薬品産業の発展を確実なものにした。昭和30年には、医薬品の総生産高は、1000億円と言われていたが、1994年には医薬品の生産額でも5兆7503億円、保険ベースの薬剤費7兆円(薬事工業生産動態統計調査)米国に次いで世界第2位の巨大な産業へと成長した。以上が業界および市場の発展の軌跡である。
 次に業界を構成する企業数であるが、7兆円規模の医薬品産業を構成する企業は約1600社であり、他の先進国と比べ企業数は多い(アメリカ・670社、ドイツ・1000社、イギリス・170社、フランス・340社、イタリア・330社)。企業数は多いのであるが、日本の場合、以下のように、企業の規模に応じて生産や市場における棲み分けがあることがわかる。
 実際に新薬を開発し、生産、販売するのは一握りの大手企業であり、ほとんどは大手メーカーから原末を購入し、製剤するだけの単品メーカーである。また、中堅、大手企業は新薬の開発・生産・販売まで、一貫して手がけられる体制にあるが、業界の多数を占める小企業は、大手からの委託生産や「ゾロ品」と呼ばれる後発品の生産を主に営業を行っていることが多い。
また、大手企業は需要のほとんどをカバーする薬効分野に製品を用意しているのに対し、中堅企業は専門分野を持っているケースが多いと言われている。問題となっている、薬害HIV訴訟の被告となった「ミドリ十字」は血液製剤分野においては、業界最大手であった。
次に医薬品産業の流通経路であるが、医薬品の流通のほとんどは卸売り経由である。一般用医薬品(大衆薬)は、メーカー→卸売り→薬局・薬店→消費者
医療用医薬品は、メーカー→卸売り→医療機関→患者のルートが一般的である。
 その他、直販ルート、わずかに配置薬ルートがあるが、9割がた上記ルートで流通する。
上記医薬品卸売業は全国約2500ヶ所あると言われている。卸売業者も医薬品市場において重要な役割を果たしているが、マージンよりもメーカーからのリベートによる利益が多いなど問題も指摘されている。
また、日本の医薬品企業の特色として、自社における新薬の開発・生産・販売だけでなく、他社製品を仕入、自社の販売網を活用する、メーカーの卸売り機能も重要である。
 もっとも独自の販売網を持っている企業は限られる。大手・中堅企業が多くの薬効分野をカバーするにあたり、小ロットの商品や自社開発の不得手な分野についてコスト削減のために行うケースが多い。
 以上のように、新薬の開発・生産・販売など医薬品産業にとっての中核を成す業務は、中堅および大手企業に集中する傾向にあっても、一社の大手が市場を独占する状態でないことが日本の医薬品市場の特色と言える。確かに約1600社中従業員数が100人以下の企業が70%を占め、3000人以上の大企業は3%に過ぎない。売上高から見た大手への集中度は、上位10社で約30%、30社で約60%を占めるが、業界最大手の武田薬品においてもシェアは1割弱である。上記から考えると、大手企業間のシェア競争が激しい業界と言える。しかし、わずかな大手企業だけで市場を構成しているのではなく、先進国一の企業数である1600社で市場を構成している理由は、それぞれに得意分野で市場を棲み分けている結果であると言える。
医薬品の市場特性としてさらに重要なことは、医薬品の市場の拡大と国の保健医療政策とが表裏一体の性格にあることである。前述のように医薬品業界は、昭和36年の国民皆保健、昭和43年の国民健康保険の一律7割給付の実現、昭和48年の老人医療費の無料化など国の福祉政策の充実により市場を拡大してきた経緯がある。しかしながら、1980年代に入り、財政再建の名のもと一転して老人医療費有料化、健康保険本人一割負担など、国の政策が医療費抑制方向に転じ、国民医療費の約30%を占める医薬品に対しては、1981年の18.6%を最初に連続して薬価の引き下げが行われた。薬価については次節で述べるが日本の医薬品市場の最大かつ最も重要な特色は、不況にはあまり影響を受けないが、国の保健医療政策ならびに福祉政策に大きく左右されるという点にあると言える。

1-2 薬価基準制度と薬価差益

日本の医療サービスは、国民健康保険や各種社会保険などの保険制度によって運営されている。医療機関が国民に対して行った医療サービスの対価は、投薬料、手術料、検査料など診療行為別に定められた診療報酬点数表に基づき、患者ごとに点数単価×件数が計算され、1ヶ月間の出来高に対して、各保険組合から医療機関に支払われる、出来高制度方式となっている。医薬品業界に密接に関わり合うのが、このうちの投薬料である。保険制度の枠内で医師が使用出来る医薬品を定め、医師が使用を許可されている医薬品を患者に投薬した際に、対価として請求できる診療報酬点数である。保健組合から医療機関に支払いが成される際の医薬品の計算単位を定めたものが薬価基準である。
 薬価基準は、診療報酬に対する薬剤費算定の基礎となる価格表の性質を持つ「基準価格」と薬剤の使用範囲を示した「品目表」から成る。したがって、医療用医薬品は保険が適用されなければ、メーカーは販売ができない。薬価基準に「収載」されてから新薬として世に出回ることとなる。また、先の薬価基準の二つの性格から、「薬価基準引き下げ」と言えば、医薬品の計算単位である基準価格を引き下げることであり、「薬価基準収載」と言えば、新薬が品目表に載ることを意味している。
 薬価基準の算定は、コスト主義ではなく、市場価格主義にて算定される。市場価格の実態を把握するために行われるのが、薬価調査である。薬価調査は、薬価本調査、特別調査、経時変動調査の三つがあり、その結果に基づいて薬価が算定される。したがって、いったん薬価基準に収載された医薬品は、その後の薬価調査によって価格が修正されていくことになる。
医療機関の使用する薬剤費算定の基準となる薬価であるが、薬価基準以下であれば、どこに取引価格を設定しても良いので、医療機関が医薬品を薬価基準以下の価格で購入したとしても、薬価基準に基づいて報酬が支払われることとなり、市場実勢価格と薬価基準との乖離が生じる。これが「薬価差益」である。
 現行の診療報酬制度では、医師の技術料が欧米に比べ低水準であるため、医療機関の経営を薬価差益に頼る現実があり、医薬品産業としても無視できない問題となっている。薬価調査により薬価が下がると、医療機関は、薬価差益を確保するために、メーカーに対し納入価格の引き下げを要求してくることになり、取引価格を常に引き下げる力が生じ、「薬価アリ地獄」と呼ばれる事態となり、企業収益を圧迫するからである。現在問題となっている薬害HIV問題においても、薬価差益を要求する医療機関と同じ薬効成分を持つ医薬品を販売する複数の製薬企業のシェア争いが微妙な陰を落としていると言える。

1-3 製薬企業の財務・会計特性

製薬企業は一般に不況に左右されず、安定性があり、収益性が高いと評価されている。扱う商品が他の製造業と比べ、人の生命を左右するという、高付加価値商品であるとともに、原材料費や燃料費などが比較的低いことにより、売上原価率(売上原価/売上高×100%)が低くなることが高収益を形成する。また、製品の性格上、大がかりな設備を必要としないことも自己資本比率(自己資本/総資本×100%)を向上させる原因となる。
しかしながら、製薬企業の会計特性として、損益計算書上に実質以上の利益が計上されるケースもある。医薬品という性質上、不測の事態に対応する十分な市中在庫を揃えることが要求される。そのため、流動資産の部の売掛金の中に、一部固定資産的要素(与信となっている流通在庫への恒常的な投資)が含まれている。これが利益を先取りした形で計上されていることと、長期にわたる与信については、その資金を自己資本でまかなう必要があるため、他業種に比べ自己資本比率が高く、結果として経常利益は高く表示される。そのため損益計算書に多少過大に利益が計上されることとなる。
また、研究開発費や情報関連費は、製薬企業であれば、本来コストとして原価算入すべきであるが、一般管理費として計上されており、粗利益(売上総利益=売上高−売上原価)が高くなるのも特色である。
以上のように製薬企業の財務・会計特性は、売上高経常利益率(経常利益/売上高×100%は高く、流通在庫の与信のため、資本の回転率は低いといえる。

2 医薬品業界の現状と体質

2-1 医薬品業界の現状

第1章1節で述べたとおり、日本の医薬品業界は、国の保険医療政策および、福祉政策の充実とともに発展し、昭和30年代以降、2度にわたる石油ショックなどの景気動向に左右されることなく、二桁の高度成長を遂げ、不況知らずの高収益企業のイメージが定着した(実際には第1章3節で述べたとおりであるが)。
また、一つ新薬を当てれば、収益が確実に見込めるため、ファーマシティカル・ドリームと呼ばれる新薬人気の株価高騰が株式市場で起こったりもする。
 しかしながら、昨今は、医薬品業界にとって、懸念すべき問題が生じている。大きくは以下の3点である。
 第一に国の政策転換による需要の抑制である。第1章1節の「医療費抑制政策」や2節で述べた度重なる「薬価引き下げ」に代表される。
 第二に、新薬申請等の基準の厳密化や「医薬品規制に関わる日米欧3極の調和会議(ICH)」進展を背景とした、国際基準導入による製造コストの増大など新薬開発環境の変化である。
 新薬申請基準は、1980年の新薬承認基準厳格化を始めに、1983年のGLP(実験動物規範)の実施、1990年のGCP(臨床試験の実施基準)実施により厳密化されている。また、1995年の製造物責任(PL)法の施行にも影響を受けると言われている。
また、臨床試験を行うにあたり、インフォームドコンセントの実施により、メリットのはっきりしない新薬、特に日本の新薬開発の中心であった「改良型新薬」の臨床試験を拒む患者も多くなっている。
第三に、国際競争力の問題である。
 日本では、製薬企業に働く労働者は約21万人と言われている。この人数は、欧米諸国に比べ、多い。アメリカは、市場規模は日本の約1.5倍と言われているが従業員数は日本の約9割である。
 従事している業務の内訳は、製造部門が約3割、営業部門が約4割弱、研究開発部門は約1割強である。また、営業部門のうち医療機関とのパイプ役となるMR(メディカル・リプレセンタティブ)医薬情報担当者は約5万5000人と言われ、医師4人に対して一人のMRとなり、欧米諸国と比べ著しく多いと指摘されている。以上から日本の製薬企業は、営業中心型の構造であることがわかる。
 研究開発部門の人材の層が薄い、営業中心型の構造は、新薬開発力に影響し、国際競争力を弱めている。
日本の製薬企業が新薬開発力に遅れをとっているのは、既存の医薬品に改良を加え、より副作用の少ない新薬を開発する「改良型新薬」を優遇する政策、すなわち日本型の新薬に対して高薬価を設定する政策を厚生省がとってきたことが指摘される。これにより、既存の医薬品に手を加え、製品化出来れば、高い収益が得られるシステムが定着し、日本の製薬企業は画期的な新薬をコストをかけて開発するのではなく、日本国内でのみ通用する高薬価の「改良型新薬」を開発する中途半端な技術力にあぐらをかくこととなってきた。
実際に日本国内においては、大量に販売されている新薬が海外では全く販売されない、国際競争力のない商品が多いと言われ、国際的に流通している日本の新薬は、数えるほどであるとも言われている。
以上のように、約7兆円と言われる保険ベースの薬剤費に代表される医療費の増大とその抑制政策、国民健康保険をはじめとする医療保険の財政赤字により、需要は早晩頭打ちとなろう。また、供給面についても、研究開発部門を充実する体制を整えなければ、今後国際市場において生き残りは難しい。また、研究開発部門の充実と同時に、現在のMRを大量に抱えた人海戦術の営業方法は、コスト的にも問題があり、また今後海外より非難されることも考えられる。
 医薬品業界の現状は非常に厳しく、今まさにターニングポイントを迎えていると言える。

2-2 薬害HIV問題に見る医薬品業界の体質

「薬害HIV問題」は、今年に入り、被害者と加害企業の間で和解が成立した。しかし、今回の薬害においては、加害企業のみならず、医師の責任も追及されるに至っている。6月27日に公表された「HIV厚生省報告」、7月23日から始まった衆議院厚生委員会の証人喚問、さらに8月29日の安部英帝京大学前副学長の逮捕など連日マスコミで報道され、今後さらに新たな事実が明らかになるであろうが、医療担当者の過失責任が問われると同時に、当時の行政担当者の過失責任にも捜査の手が伸びることは必至であろう。
 公務員としての行政担当者の処分は、現在の事務次官以下担当者14名が5月31日付で減給処分などを受けており、また、85年当時薬務局生物製剤課長であった松村明仁保険医療局長は6月25日付で国家公務員法に基づく減給処分とされている。国家公務員が過去の行政判断が誤りだったとして処分されるのは極めて異例とのことであるが、ある意味当然とも言える。
 以上のように「薬害HIV問題」は、行政・製薬企業・医療担当者の複合的な構造を持つ薬害であると言える。さらに「複合薬害」の構造は、医薬品業界の体質を明確に表現しているように思われる。医薬品業界の負の体質は以下の通りである。
第一に、製薬企業と監督官庁である厚生省との癒着である。
 欧米では常識とされる業界の育成・指導(助成・振興策)と許認可(審査・規制)の組織的峻別が成されていない。日本の行政組織は、同じ省の同じ局が、アメとムチを使い分けるあいまいな構造になっている。同時に、厚生省薬務局のOBが製薬企業に「天下り」をしているため、一層、規制、振興ともに業界に甘くなるのである。
具体的には、規制については、薬事法69条の2(医薬品などによる保健衛生上の危害の発生または拡大防止のため、問題があれば、製造業者、輸入販売業者、薬局開設者に対し販売の一時停止や、学問的評価が確定した場合は、承認の取り消し、回収等の措置を命じることができる規定。スモン、サリドマイドの教訓から79年に同法に盛り込まれた)に基づく緊急命令により、販売の一時停止や医師に対する情報伝達の指示を怠っていた疑いがある。また、加熱製剤承認後も危険な非加熱製剤の回収命令を出さなかったことなどが指摘されている。
 これらの背景には、当時、加熱製剤の使用に国が切り替えた場合、すでに輸入していた血漿原料や非加熱製剤が大量に売れ残り、巨額の損失を出すことを恐れた業界や非加熱製剤の開発が遅れていた「ミドリ十字」に配慮したのではないかとの疑惑があることは周知のことである。
 振興・育成面においては、先にも述べた日本特有の新薬承認の優遇措置である。「改良型新薬」に高薬価を付け業界に高収益をもたらす政策である。また、新薬承認の審査が諸外国に比べ甘いとの指摘もある。
 第二に、製薬企業と医療機関との癒着である。
製薬企業は、新薬開発時に必要な臨床試験(治験)を医療機関に依頼しなければならないため、医療機関の収益確保のための納入薬剤の値引き要求に応じ、薬価差益形成に関与している。
今回の「薬害HIV問題」においては、当時加熱製剤の治験総括医師を務めていた、帝京大学前副学長安部英容疑者が「ミドリ十字」や「トラベノール」など5社の臨床試験の進行を意図的に調整していた疑惑がもたれている。具体的には、承認が各社一斉に成されるように、先発の企業の治験を遅らせるなどしていた疑いである。ここにも後発の「ミドリ十字」への配慮が見え隠れする。
第三に、行政と医療との癒着である。
 「薬害HIV問題」で一気に注目をあびている、厚生省・薬務局・生物製剤課であるが、生物製剤課長には伝統的に医学部出身の医師の資格をもつ技官が就任する。ワクチン、ホルモン、血液製剤、抗生物質を扱う生物製剤は最先端の医学知識が必要であるというのが理由であるが、課を統括する薬務局の局長には、事務官が就任する。この構図は問題が起こると「専門家の意見を尊重した」という言い訳を許してきた経緯がある。
 日本の行政組織は、外部の学識者を中心とした研究班などを組織し、問題を解決するがアメリカなどでは、行政組織内に専門職員を抱え、内部審査を行う。どちらにも一長一短があるが、今回の「薬害HIV問題」においては、裏目に出てしまった。日本的方法では監督者が専門家ではないことから、「官」と「学」の癒着の構造が成立しやすいということは指摘できる。
以上のように、行政・企業・医療が互いの利益確保のために、凭れ合っているというのが医薬品をめぐる現状であると言える。仮に薬害を引き起こさないまでも、日本国内でのみ通用する体質であろう。そして、その中心にいるのが、製薬企業である。医薬品業界の体質は、このトライアングルのなかで形成されてきた。そこには消費者である患者の姿はどこにもない。
消費者不在の産業、企業が今後、世界市場で生き残っていけるとは考えられない。岐路に立つ医薬品業界は、まず上記の業界の体質の改善が急務であろう。

まとめ 医薬品業界の将来展望

第1章 医薬品業界の構造と特性において、日本の医薬品業界の発展の経緯と市場特性、また簡単ではあるが、医薬品産業の財務・会計特性について触れた。
第2章 医薬品業界の現状と体質においては、第1章を踏まえ、医薬品業界の現状と昨今最も注目されている社会問題の一つである「薬害HIV問題」を切り口として、日本の医薬品業界の体質とそれを構成する環境について述べてきた。
 その上で今後、日本の医薬品産業において問題となるのは、公正かつグローバルな世界市場での市場競争力であると思う。
 これまで日本は、鉄鋼業、自動車産業、家電産業、半導体産業など、製品の国際競争力をもって、市場をリードしてきた。国際市場において、製品に魅力がない産業は、今後発展を望めない。
 日本は現状、アメリカに次いで世界で2番目の巨大市場であるが、その市場をいつまでも日本的商慣習で独占出来るわけではない。医薬品規制に関わる日米欧3極の調和会議(ICH)による「外圧」により、今後、日本特有な医療機関に密着したMRによる営業販売手法などが問題になるであろう。日本の医薬品産業が生き残っていくためには、もう日本国内でしか通用しない「改良型新薬」や市場原理とかけ離れた「薬価基準」、医師とのなれ合いの販売方法などの従来の体質から脱皮しなければならない。
 これからの市場をリードしていく鍵は何と言っても新薬開発力である。第2章1節でも触れたように、日本の医薬品企業は、まだまだ営業中心型の構造である。その理由は、日本の企業は自ら研究開発を行い、新製品を創り出す意識が希薄であり、欧米の技術を導入して、日本型の流通機構に乗せて販売し利益を得てきたことにある。
 今後、欧米諸国に比べ遅れをとった研究開発部門を充実し、管理部門・製造部門をリストラし、スリム化していくことが新薬開発力を向上させるために必要となるであろう。
 ここ数年、海外では医薬品企業のM&Aが話題になっている。今年3月7日、100年以上の歴史を誇り、世界ランキングで10位前後に位置する大手企業である、チバガイギーとサンドが合併し、新たに「ノバーティス」を設立すると発表した。それぞれの企業とも現在の業績では、合併を急ぐ要素は見あたらない。しかし、次世紀を見据えたマーケットシェア獲得のための戦略であると、サンドの最高経営責任者バセラ氏は語っている。
 日本の医薬品業界は、第1章1節で触れたように、欧米諸国に比べ業界を構成する企業数が多い。一部の大手と大部分の中小規模企業で、それぞれ得意分野において棲み分けが出来ていると述べたが、それが可能であったのは、医療保険制度という温室の市場が用意されていたためである。今後は国際競争力の追求のために、日本の医薬品業界においても合併による業界の再編や淘汰が必要になる。
 かつて、鉄鋼、自動車、石油化学などの耐久消費財産業、重化学工業がスケールメリットを求め吸収・合併により巨大化し、大量生産による低コスト化により市場を制したように、多品種、少量生産、小規模設備の医薬品産業もスケールメリットが必要な局面となっているのかもしれない。ただし、医薬品業界の場合は、巨大な工場、設備のためだけではなく、資本を集中し、医薬品企業にとって生命線とも言える、新薬開発のための研究開発のために、多額の資金を投入し、市場においてリーダーシップを取ることにあるのではないか。
 海外で着実に始まっている業界再編の波に危機感を持ち、日本の製薬産業も自らの体質改善に急ぎ、長期的視点に立った舵取りをしなければ、次世紀以降市場を制して行くことは出来ないと思われる。
以上

参考文献

1 「厚生白書」 平成7年度版

2 「日本経済新聞」 平成8年6月25日〜平成8年9月20日

3 「日経ビジネス クスリが国を滅ぼす」 徳田潔 橋本宗明 小崎丈太郎

                       日経BP社 1996年6−24

4 「基本経営分析」 谷江武士 中央経済社 1996年

5 「医薬品業界」 勝呂敏彦 教育社 1992年

6 「薬 その安全性」 砂原茂一 岩波書店 1976年

7 「日本の薬害」 高野哲夫 大月書店 1979年

8 「誰のための薬か 社会薬学序説」 高野哲夫 鳴海社 1985年

9 「構造薬害」 片平洌彦 社団法人 農山漁村文化協会 1994年

10 「岩波ブックレットNO.373 薬害エイズ」 広河隆一 岩波書店 1996年

11 「薬害エイズはなぜ起きたか」 薬害根絶フォーラム編 桐書房 1996年

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