ジャンヌとロリータの物語。
田中宏輔



ジャンヌとロリータの物語。

Hourglass Lake
Katyn
Selve d'Amore
Katyn
Selva Oscura
Gethsemane
Bois Chesnu
Nageki no Mori
Ararat




登場人物


Jeanne d'Arc ジャンヌ・ダルク(1411 or 1412−1431)。ローマ教皇庁はルーアンの審決をまだ取り消していない。それでいて、教皇庁は、一九二〇年、ジャンヌを聖女に列した。したがって、ジャンヌの存在は、異端の女にして聖女という、まことに不可解なものである。(平凡社『大百科事典』)

Dolores Haze ドロレス・ヘイズ。ウラジーミル・ナボコフ(1899−1977)の『ロリータ』という小説の題名は、それに出てくる少女の名前 "Dolores"の愛称"Lolita"による。(Vladimir Nabokov,"Lolita", U.S.A.,Vintage International,1989,p.9.)新潮社文庫版・大久保康雄訳の『ロリータ』の訳注に、ドロレスとは、「悲しみ」、「悲哀」の意で、キリスト教の「マリアの悲しみ」に由来する、とある。研究社『羅和辞典』に、「悲しめる」という意味の形容詞 "dolorosus"、「悲嘆、苦悩」という意味の名詞 "dolor"が収載されている。"Via dolorosa"、「悲しみの道」という言葉が、筆者に想起されたが、それは、十字架を背負わされたイエス・キリストが、<総督の官邸>から<ゴルゴタという所>(マルコによる福音書15・16 、15・22)にまで歩ませられた道の名である。(M・ジョーンズ編『図説・新約聖書の歴史と文化』左近義慈監修/佐々木敏郎・松本富士男訳)

Pier Paolo Pasolini  ピエール・パオロ・パゾリーニ(1922−1975)。イタリアの詩人、作家、映画監督。同性愛にからみ、ローマ郊外で殺された。(平凡社『大百科事典』)

King Lear リア王。ウィリアム・シェイクスピア(1564−1616)の『リア王』の主人公。ブリテンの老王。(シェイクスピア『リア王』大山俊一訳)

Hans Giebenrath ハンス・ギーベンラート。ヘルマン・ヘッセ(1877−1962)の『車輪の下に』の主人公。角川文庫版・秋山六郎兵衛訳の『車輪の下に』に、「ハンス・ギーベンラートは疑いもなく優秀なる子供だった。この子が他の子供たちとまざって走り廻っていたとき、どんなに上品で一目を惹いていたかを見れば、それで十分だろう。」とある。

Jesus Christ イエス・キリスト(B.C.4?−A.D.30)。カトリック教では、イエズス。ユダヤのベツレヘムに生まれたキリスト教の開祖。"Jesus" は "help of Jehovah"の縮約形 "Joshua" に由来し、また"Christ"は、救世主 "Messiah"の意の称号で、"Jesus the Christ"といわれていたものが、後に"the" が脱落して、"Jesus Christ"と固有名詞化されたものである。(三省堂『カレッジ・クラウン英和辞典』)キリストは、ギリシア語では"Christos"、ラテン語では"Christus"。普通名詞で、その意味は「油を塗られた者」である。「油を塗る」という動詞は "chrisma"である。なお、同じく、「油を塗られた者」のことを、ヘブライ語では "mashiah"という。このヘブライ語からメシア "Messiah"「救世主」という語が生まれたのである。(山下主一郎『シンボルの誕生』)

Maximilian Kolbe マクシミリアン・コルベ(1894−1941)。カトリック司祭、宣教師、殉教者。一九四一年、アウシュビッツで餓死刑に定められた囚人の身代わりになって殉教した。一九七一年列福、一九八二年列聖。(平凡社『大百科事典』)

Pierre Cauchon ピエール・コーション(1371−1443)。ボオヴェイの司教。一九三一年のジャンヌに対する異端裁判における宗教裁判官。名義上の主席裁判官は、ジャン・ル・メートルであったが、審理の行方は、コーション一人の手に委ねられていた。(堀越孝一『ジャンヌ=ダルクの百年戦争』)

Judges and People 陪席判事たちと民衆。ルーアンにおける、ジャンヌに対する異端裁判では、一四三一年二月二一日を第一日目として、六回の公開審理と、三月一〇日以降の八回の獄中審理がもたれ、いったんは、五月二四日に異端の審決が下されたが、ジャンヌが回心を誓ったので、コーションは審決を変更し、終身刑を申し渡した。ところが、同月二八日にジャンヌが回心を翻したため、二九日に、再度、法定合議が執り行われ、三〇日に、ルーアンの広場において、「もどり異端」と宣言され、ルーアン代官に引き渡され、火刑に処せられた。(堀越孝一『ジャンヌ=ダルクの百年戦争』)この裁判においては、陪席判事の発言は参考意見に過ぎず、コーションただ一人が、異端審問官代理のジャン・ル・メートル(最終審議には欠席)と並んで裁決権をもっていた。(レジーヌ・ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン『ジャンヌ・ダルク』福本直之訳)



場所


Hourglass Lake  アウアグラス・レイク。ナボコフの『ロリータ』に出てくる森林湖で、ラムズデイルから数マイルの所にある。(VladimirNabokov, "Lolita", U.S.A., VintageInternational, 1989, p.81.)

Katyn  カティン。一九四三年四月一二日、ドイツは、スモレンスク近郊カティンの森で、大量のポーランド軍将校の死体を発見し、これをソ連の虐殺行為であると発表した。モスクワは直ちに反駁し(山本俊郎・井内敏夫『ポーランド民族の歴史』)ドイツの仕業であると発表した。後に、ソ連がポーランド人将校ら一万五千人を殺したことが暴露した。(平凡社『東欧を知る事典』)

Selve d'Amore  セルヴェ・ダモーレ。ローレンツォ・デ・メディチ(1449ー1492)がつくった詩の題名『愛の森』より。(饗庭孝男『「西欧」とは何か』三田文学・一九八九年・夏季号・二〇九ページ)

Selva Oscura  セルヴァ・オスクーラ。ダンテ・アリギエリ(1265−1321)の『神曲』地獄篇に出てくる森。誤謬、非現実、無定形を表わす。(大修館書店『イメージ・シンボル事典』)

Gethsemane  ゲッセマネ。エルサレム東方、オリーブ山(八一四メートル)の麓にある園。イエスがユダに裏切られ、捕らえられた苦難の地。(三省堂『カレッジ・クラウン英和辞典』)「油絞り器」を意味する。(教文館『旧約・新約聖書大事典』)

Bois Chesnu  ボワ・シュニュー。ジャンヌ・ダルクが生まれたドムレミイの村から西に三キロメートルほどの所にある森で、彼女がお告げを聞いたといわれている場所の一つ。(村松剛『ジャンヌ・ダルク』)"chesnu"は古仏語で、現代仏語の"chene"に当たり、(高山一彦編・訳『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』巻末に附載されている「編訳者の註釈」)槲、楢、樫などのぶな科こなら属の木の総称である。(三省堂『クラウン仏和辞典』)キリストの十字架がオーク材であったために、キリストのエンブレムとなった。また、この木は、太陽王の火葬用の薪であった。(大修館書店『イメージ・シンボル事典』)
太古、森を神聖視したゲルマン人は、樫の森には、供犠を行なう祭司のほかは足を踏み入れることをゆるさなかった。暗闇に坐った祭司は、樫の樹の葉からもれる囁きにじっと耳を澄まし、神意を聴き取った。(谷口幸男・福嶋正純・福居和彦『ヨーロッパの森から』)

Nageki no Mori  嘆きの森。『古今和歌集』巻第十九収載の安倍清行朝臣女さぬきの歌から。岩波文庫・佐伯梅友校注の脚注に、「なげきの森という神社(鹿児島県にあるという)の由来を考えた歌。人々の嘆き(木にかけて)が集まって森となっているのだろうというわけ」とある。

Ararat  アララテ。トルコ東端にある火山(五一〇〇メートル)。(三省堂『カレッジ・クラウン英和辞典』)洪水が引いた際に、ノアの箱舟が漂着した所。(教文館『旧約・新約聖書大事典』)



事物と象徴


cricket  コオロギ。その鳴き声を楽しむ習慣は、現在、ギリシアほかの地中海地域、インド、中南米に盛んで、これを神の声に擬して神託を得たりもする。しかし、西ヨーロッパ地域では、その声を死の予兆と見たり、女のおしゃべりに模したり、雑音扱いにする。イギリスでは、これが鳴けば嵐が来ると信じられた。(平凡社『大百科事典』)

owl  フクロウ。死と暗闇に関連をもつ鳥で、エジプトの象形文字では、死、或は、地平線に沈み、夜の航行をする死んだ太陽の領域を表す。ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(23or24−79)によると、悪い知らせをもたらす鳥であるという。(大修館書店『イメージ・シンボル事典』)

mine  地雷。昔は敵の防御施設の下にトンネルを掘って仕掛ける爆発物を指し、中世末期以来、攻囲戦で使われてきた。(ダイヤグラム・グループ編『武器』田島優・北村孝一訳)

strawberry  イチゴ。聖母マリアのエンブレム。(大修館書店『イメージ・シンボル事典』)

bramble  キイチゴ。キリストのイバラの冠の材料の一つ。ヘブライにおいては、神の愛、燃える薮から聞こえる神の声を表す。(前掲同書)

shoes  靴。靴を脱ぐことは、「主の前に裸で立つ」ことの一つの形式である。(前掲同書)

lily  シャルル七世(1403−1461)は、ジャンヌと彼女の二人の兄にユリの紋章を与え、貴族の称号「白ユリ」を授けた。(村松剛『ジャンヌ・ダルク』) ユリは不死(土中の球根から再生する)、永遠の愛、復活(復活祭の花)を表す。エドガー・アラン・ポー(1809−1849)では、たいてい悲しみを表す。トーマス・スターンズ・エリオット(1888−1965)では、ユリ−葬式−復活祭−イエスという意味関連がある。また、ハトとユリは受胎告知を表す。(大修館書店『イメージ・シンボル事典』)

handkerchief  ハンカチ。毎日新聞社刊の『聖書美術館3・新約聖書2』に収載されている『聖ヴェロニカ』(一四〇〇年から一四二〇年ごろにかけて、ケルンで活躍した無名画家によるもの)の解説に、「イエスが十字架の道行きをされたとき、彼女はイエスの苦しみに同情して、自分のハンカチ(ベールともいわれる)で額の汗をぬぐってあげた。すると、不思議なことに、その布には、イエスの顔がうつされていた。これは新約外典の『ニコデモの福音書』(『ピラト行伝』とも称せられる)に記された話である」とある。

toad  ヒキガエル。ヒキガエルの腹には、死者たちの魂がつまっているともいわれる。(大修館書店 『イメージ・シンボル事典』)

rain  雨。神の恩寵を表す。(前掲同書)

flood  洪水。十二宮では双魚宮を表し、再出現を意味する。(前掲同書)



*以上の引用には、できる限り原文に忠実であることを心がけましたが、文章全体に統一感をもたせるため、一部に省略・加筆・漢字かな変換等を行ないました。(以下に展開する本作品中では逐一明示しました。)
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