1981年に活動開始したブリュッセル (Bruxelles) のレーベル Crammed Discs が、
1980年代にリリースしたアルバムを _Crammed Global Soundclash_ と題して
12タイトルをリリースしている。当時、Post-punk 〜 New Wave 色濃いレーベルで、
それっぽい音が多いわけだが。今聴き返してもレトロというより今聴いても色褪せて
いない音も多い。そんな中から一枚をピックアップ。

Sussan Deyhim / Richard Horowitz
_Desert Equations: Azax Attra_
(Crammed Discs, CRAM111, 2003, CD)
- Originally released as (Crammed Discs, Made To Measure, MTM8, 1987, LP).

イラン (Iran) 生まれの Sussan Deyhim は現代音楽とバレエ教育を受け、
欧米のダンスカンパニーでパフォーマーとして活動してきた女性歌手/ダンサーだ。
現在は、ニューヨーク (New York) を拠点に活動している。そんな彼女が最初に
録音したこの _Azax Attra_ は、1985年に Carnegie Hall で初演されたダンス・
パフォーマンスのための音楽だ。Crammed Discs の映画やダンスのための音楽の
レーベル Made To Measure からリリースされた。

Deyhim の引き攣るようなうなり声や低く押し殺したような声と、Horowitz が
サンプリングなどで組み上げる音空間からなる作品だ。音使いで一番耳につくのは、
Emulator だろうか。Depeche Mode や Cabaret Voltaire が1980年代半ばに
Emulator を使ってやっていた、メタリックなサンプリングを疎に散りばめた
ようなものと共通点が大きい。非西洋的な打楽器の音も耳につく。

Deyhim の歌声は、特にイラン的なものを感じるという程ではない。むしろ、
引き攣るように喉を鳴らすような声は、マグレブ (Magreb) のベルベル (Berber)
の女性コーラスと共通するものがある。Paul Bowles の "Was this composed
under the influence of Majoun" という引用もジャケットにあるし、8曲目
"Desert Equation" は Byron Gysin に捧げられている。むしろ、マグレブを
意識した音作りなのかもしれない

中近東的を思わせるリズムもあって electro 的なビート感は控えめだが、
world music のリミックス物やエスニックネタの techno / breakbeats 物と
比べても遜色ないと思う。今聴いても、それらの多くのものよりもテンション高く
カッコよいとすら思う。お薦めだ。

併せて過去の作品も軽く紹介。

Richard Horowitz / Sussan Deyhim
_Majoun_
(Sony Classical, 1997, SK62721, CD)

_Azax Attra_ 以降、しばらく録音を残してこなかった Deyhim だが、10年ぶりに
録音したのがこの作品だ。同じく Horowitz との共作となっている。Bowles の
言葉から取られたタイトル、というだけでなく、The Moroccan National Radio
and Television Orchestra String Section をフィーチャーしており、やはり、
マグレブを強く意識した作品だ。

参加ミュージシャンも多く音は厚くなった。しかし、Azaz Attra_ での Emulator の
作り出す荒削り感もあるメタリックな音に比べ、丸くなり過ぎのように感じられ、
ひっかかる所が少ないように思う。

Sussan Deyhim / Shirin Neshat
_Turbulent_
(Isle X, no cat. no., 2000, CD)

Deyhim は、同じくイラン出身でニューヨークを拠点に活動する女性現代美術作家
Shirin Neshat と協同作業を続けている。Neshat はイスラム世界における女性の
立場をテーマとした映像を中心的に用いたインスタレーションで知られているが、
そのサウンドトラックを Deyhim が担当している。また、Neshat を有名にした
1999年ヴェネチア・ビエンナーレ (La Biennale di Venezia) 国際賞受賞作
_Turbulent_ (1998) では、映像に出演もしている。

このCDは、_Turbulent_ の他、_Soliloquy_ (1999)、_Rapture_ (1999)、
_Fervor_ (2000) の4作品のサウンドトラックが収録されている。音楽というより
サウンドコラージュという感じなので、映像なしで聴いているのはちょっと
きつく感じられる。

しかし、興味深いのは音源だ。クレジットをチェックしながら聴いていると、
西洋人のいいかげんなオリエント/イスラム観を踏まえた上で意識して外してるの
ではないかと思うほど、イランのものが使われていないことに気付かされる。
イランの伝統的な音楽に特徴的な kamancheh、tar や zarb の音など全然聴こえない。

マラケシュ (Marakech) やエッサウィーラ (Essaouira) のようなモロッコ (Morocco)
の音源が目につくのは Deyhim の趣味だろうか。東の方でも、トルコ (Turkey)、
シリア (Syria) やエジプト (Egypt) のものが使われている。もしかしたら
イラン物かな、と思われるのはクルド (Kurd) の男声コーラスくらいだ。
他にも、チベット (Tibet) の宗教音楽やブルンディ (Burundi) の伝統音楽が
使われている。

Sussan Deyhim
_Madman Of God_
(CramWorld, CRAW22, 2000, CD)

_Turbulent_ が注目されたこともあってか、その後、Deyhim は録音リリースを
活発化させている。_Turbulant_ のスチルもブックレットに使われているこの作品は、
しかし、それまでのマグレブ趣味からイラン/ペルシャ物に回帰したかのようだ。

ペルシャの11世紀から19世紀にかけてのスーフィー (イスラム教神秘主義) の詩人の
詩に、古典的な旋律を付けたものという。その手の音楽に詳しく無いので実際の
ところどの程度踏まえたものか判らないのだが。それでも、zarb の乾いた打楽器音、
軽く弾けるように響く弦楽器 tar の音、唸るような擦弦楽器 kamancheh の音など、
イラン風に聴こえる。cello や bass の音ですら、低音化した tar、kamancheh の
ように違和感なく混じっている。tabla (在USインド系の Karsh Kale によるもの)
がフィーチャーされていたりするので、純イラクではないとは思うが。

かといって、全く伝統的でアコースティックな音作りというわけではない。
明らかにサンプリングやシンセパッドを使った曲もあるし、打楽器の録音は
かなりシャープだ。残響強く残して彼女の声を多重録音したり、と、かなりモダン
な音作りで、_Azax Attra_ に近い仕上がりだ。

_Azax Attra_ のような喉にひっかかるような発声はあまり使わず、歌声が丸くなって
いるが、録音の良さもあるのが、むしろ深みを増したように感じられる。それも
気に入っている。

Sussan Deyhim / Bill Laswell
_Shy Angels_
(CramWorld, CRAW26, 2002, CD)

_Azax Attra_ の再発を除いて最近のリリースが、_Madman Of God_ を Bill Laswell
が制作し直した作品だ。リミックスというより、かなり演奏を加えて作り直している
感じだ。エレクトリックなベースの音や tabla を中心とした打楽器を大幅に加え、
ヴォーカルを引き気味に残響を深めにして、Bill Laswell らしい ethnic dub 風の
音作りにしている。こういうのも嫌いでははないが、繊細めな zarb や tar の音が
楽しめる _Madman Of God_ の方から聴くことをお薦めしたい。

最後に、参考までに収録曲、ミュージシャン等のクレジットを。

Sussan Deyhim / Richard Horowitz
_Desert Equations: Azax Attra_
(Crammed Discs, CRAM111, 2003, CD)
- 1)Ishtar 2)Got Away 3)I'm A Man 4)Tear 5)Azax Attra 6)Jum Jum 7)Armour
8)Desert Equations
- Produced by Richard Horowitz and Sussan Deyhim.
- Sussan Deyhim (vocals), Richard Horowitz (Emulator,Prophet,DX7,Fairlight CMI,
synths,ney,darbouka,Publison darbouka,224X overtone splits),
Steve Shehan (Bali gongs,percussion,bass,congas),
Vincent Kenis (prepared bass), Drem Bruinsma (Emu programming,Emulator),
Jennifer Smith (vocals), Robert Harrison (vocals), Geordie Gillespie (vocals),
Barne Keel (Fairlight CMI programming), Ben Mandelson (ghost bouzouki).
- Originally released as (Crammed Discs, Made To Measure, MTM8, 1987, LP).

Richard Horowitz / Sussan Deyhim
_Majoun_
(Sony Classical, 1997, SK62721, CD)
- 1)Majoun 2)Kye Kye (Who Is Who Is) 3)Agonethi (Shadow Maps)
4)Whorl On The Mount Of Moon 5)Coldest Day 6)Ipissima Verba
7)Murmur Mutanta 8)Botachine (Infinitely Curved)
- Produced by Richard Horowitz and Sussan Deyhim.
- Sussan Deyhim (vocals), Richard Horowitz (keyboards,vocaboards,bendir,
WaquiWaqui,ney,Indonesian gongs,spring gongs,percussion,bass),
Steve Shehan (calabash,finger cymbals,darbuka,Gnawa bass drum,djembe,
brushes,Indonesian Kedum), Abdellah El Miry (violin solos),
Abdelwahed Azizi-Alaoui (oud,violin), Said Azizi-Alaoui (violin),
Mohamed Zaghmari (violin), B. K. Chandrashekhar (violin),
Mustapha Adalal (cello), Doug Wimbish (fletless bass),
Andy Kramer (fletless bass), Reza Byron Wallen (trumpet), Larbi Hwawra (ney),
Simone Haggiag (talking drum,finger cymbals), Jaron Lanier (Chinese Xu Cheny),
Joe Saunders (oboe), Anthony Pike (bass clarinet), Julian Sperry (flute),
Bassan Bakmoun (Sentir bass), Skip McDonald (guitar),
Peter Freeman (overtone bass), Vida Edalat (santour),
Brahim Fribgane (darbuka), Farborz Kiani (bass zarb);
The Moroccan National Radio and Television Orchestra String Section,
Hadj Abdelati Amenna (director).

Sussan Deyhim / Shirin Neshat
_Turbulent_
(Triple X, no cat. no., 2000, CD)
- 1-4)Fervor (2000) 5-14)Soliloquy (1999) 15-22)Rapture (1999)
23-24)Turbulent (1998)
- Produced by Sussan Deyhim.

Sussan Deyhim
_Madman Of God_
(CramWorld, CRAW22, 2000, CD)
- 1)Gereley (Nocturlan Dialogue) 2)The Candle And The Moth
3)Daylaman (Inextricable) 4)Meykhanen (Wine Cave)
5)Bade Saba (The Wind Of Saba) 6)Negara (Mesmerized Mirror)
7)Herncho Farhad (Our Tears, Our Wine, Our Sight) 8)Navai (Savage Bird)
- Produced, arranged and recorded by Sussan Deyhim.
- Sussan Deyhim (vocals), Dawn Bukholtz Andrews (cello),
Will Calhoun (wavedrum,udu), Raza Derakhshani (setar,tar,kamancheh,ney),
Hearn Gadbois (dub zarb,zarb), Karsh Kale (nocturnal sigh,tablas,synth pads),
Raz Mesinai (zarb), Dave Soldier (violin), Glen Velez (daf,percussion),
Reggie Workman (acoustic bass), Michael Harrison (tamboura),
Richard Horowitz (strings & sample arrangement).

Sussan Deyhim / Bill Laswell
_Shy Angels_
(CramWorld, CRAW26, 2002, CD)
- 1)The Candle And The Moth 2)Bade Saba (The Wind Of Saba)
3)Daylaman (Inextricable) 4)Meykhaneh (Wine Cave) 5)Navai (Savage Bird)
6)Negara (Mesmerized Mirror) 7)Gereyley (Nocturnal Dialogue)
8)Hamcho Farhad (Our Tears, Our Wine, Our Sight)
- Reconstruction and Mix Translation
of Madman Of God_ (CramWorld, CRAW22, 2000, CD) by Bill Laswell.
- Additional musicians: Abegasu Shiota (electric piano),
Karsh Kale (drums,tabla,programming), Bill Laswell (bass,synthesizer),
Zakir Hussain (tabla), Hamid Drake (drums,tabla), Aiyb Dieng (chatan),
Abdou Mboup (percussion).

sources:
Sussan Deyhim, http://www.sussandeyhim.com/
Crammed Discs, http://www.crammed.be/

2004/01/24
嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕