もしこれがMPBの未来ならば、僕はもう待ちきれない。 「MPBの第一世代 (Caetano VelosoやGilberto Gil) は大きなムーヴメントを起こし ましたが、その後、軍事政権の時代が続いて、ブラジルの音楽は沈滞してしまった。 70年代は歌詞などにしても、はっきり物を言わずに、比喩に託すような曲が多かった ですね。その後、ようやく政治体制が変わって、自由に物が言えるようになってから 出てきたのが私達の世代です。 私達はロックを聞いて育った世代で、でも、今は新しいブラジル音楽を作ろうと している。この先、それがどう発展するかは分からないけれど、例えば、私の コンサートにもマルガレッチ・ミネーゼスやエド・モッタといった同世代のシンガー が飛び入りしたりしますし、何かしら共通の世代感覚があるのは確かでしょう。 『マイス』では、意識してそれを打ち出そうともしたのです。『マイス』では アルナンド・ヘイズなの、今のブラジルの作曲家の曲をたくさん歌っている。 彼らは20代の若い作曲家です。」 マリザ・モンチ インタビュー, ミュージック・マガジン1992年8月号 僕がBrazilの音楽に興味を持ったのは、1989年のことだった。Talking Headsの David Byrneが編集し、Brazil生れでNYのアンダーグラウンドなjazz / rock界隈で 活躍するArto Lindsayがライナーノーツを書いた編集盤がDavid Byrneのレーベル Luaka Pop (当時はFly)からリリースされたことによる。 Various Artists "Brazil Classics 1 - Beleza Tropical" (Fly / Sire, 9 25805-2, '89, CD) この編集盤は、Jorge Ben, Gilberto Gil, Caetano Velosoなど、60年代末にBahia (Brazilの東北の州)から出てきたBahia派もしくはTropicalismoと言われたシンガー ソングライターの作品を中心に編集されたものだった。 「ことにカエターノとジルは68年にビートルズなども含めた世界の音楽の最新の 成果を取り入れ、またブラジルの伝統音楽の要素も受け継ぎ、自由でユニバーサルな サウンドをめざすという「トロピカリズモ宣言」をおこなう。それは音楽だけでなく、 ブラジルのさまざまな因習との闘いをも意味したために、若者の支持を受けるが、 既成社会、ことに軍事政権は怖れをなして彼らに弾圧を加え、二人は半ば亡命の ような形でロンドンに逃げ、72年になって帰国するといった事件もあった。」 竹村 淳: ブラジル音楽, ミュージック・ガイドブック88 そしてこの89年、Tropicalismoの中心人物だったCaetano VelosoがArto Lindsayと Peter Scherer制作の新譜をリリースした。 Caetano Veloso "Estrangeiro" (Elektra Musician, 9 60898-2, '89, CD) Arto Lindsay, Marc Ribot, Bill Frisell, Nana VasconcelosといったNYのjazz シーンで活躍する面々を背景に、不協和音や神経質な歌声も効果的な、打ち込みも 使った斬新な音を聴かせた。 Arto Lindsay & Peter SchererのAmbitious Loversより遥かに充実した作品だった 一方で、Caetano Velosoの作品というよりも、Ambitious Lovers with Caetano Velosoの作品のような聴き方をしていたのも事実だ。"Brazil Classics 1 - Beleza Tropical"やCaetano Veloso "Estrangiero"は、David ByrneやArto Lindayが昔の シンガーソングライターを引っ張り出してきて遊んでいるに過ぎないという印象も あった。だから、それ以降に出たLuaka PopからのBrazil Classicsシリーズにも、 これといった食指が動かずBrazil音楽に深く興味を持つわけではなかった。 昔の人だけでなく新しい音も引き出そうとしているのか、と思ったのは、Marisa Monteの2ndを聴いたときだった。 Marisa Monte "Mais" (EMI-Odeon Brasil, 796081-2, '91, CD) このArto Lindsay制作の2ndは、"Estrangiero"同様のNY界隈の人の演奏を背景に、 Marisa MonteがBrazil北東部の民謡っぽい歌を現代的にしたものを歌うというもの だった。同年にやはりArto Lindsay制作で出た Caetano Veloso "Circulado" (Elektra Nonsuch, 9 79277-2, '91, CD) は、NY界隈の人が参加しておらず地味だったこともあるのだろうが、Marisa Monteの 方が良いと思った。しかし、彼女がBrazilのどのようなシーンから出てきているか、 知るよしもなかった。Arto Lindsayに見出されて華やかにデビューという具合だろう、 当時はそう思っていた。 一方David Byrneも、同じ頃、Bahia出身の新進の女性歌手の作品を制作している。 Margareth Menezes "Elegibo" (Mango, 162-539 855-2, '90, CD) 彼女はMarisa Monteのインタビューにも出てきており、Marisaの同世代でもある。 当時、Bahiaで生れつつあったsamba reggae, axe, lambadaだけでなくmelangeなどの 曲もある「汎カリブ」的な作品で、当時はまだBahiaの地域的な盛り上がりだった これらの音楽が広まっていく先駆けだった。 今からみると、89年頃のDavid ByrneやArto Lindsayの動きは、Caetano Velosoや Gilberto Gil、Gal Costaといったベテランを引き出すというより、Marisa Monteや Margareth Menezesといった新しい世代を迎えるための準備だったように思える。 80年代末からのMargareth Menezes、Carolinho Brown、Olodun、Daniela Mercury などのBahiaの新しいグルーブの話は、話題になり雑誌でも紹介されているので、 また別の機会に譲るとして、以下ではMarisa Monteの界隈の話に絞ろう。 「ただ、僕がブラジル音楽が好きな理由の一つは、詩の素晴らしさにもあるんだ。 だから、あの『ブラジル・クラッシックス』にも訳詩を加えたんだけどれども、 英語のポップ・ミュージックが踏み込んでいない芸術的な領域にブラジル音楽の 詩はあると思うな。若いグループのレコードを聞くと、確かにサウンドはテリブル だったりするけども、それでも詩はすごく良いよ。」アート・リンゼイ アンビシャス・ラバース インタビュー, ミュージック・マガジン1989年5月号 今から考えてみると、この「若いグループ」というのは、Brazilでは有名だという rockのバンドTita‾sのことだったのではないかと思う。 Tita‾s "Jesus Na‾o Tem Dentes No Pais Dos Banguelas" (WEA Brasil, 255878-2, '90, CD) この90年の作品(新宿disk unionの在庫の中では最新作)を聴くと、シンセサイザー 中心で、誉めて言えば再結成後のWireに似ている、UKのelectric popに影響を受けた ような平凡な音だ。確かにArnaldo Antunes "Nome"に繋がるような部分もあるが。 ちなみに、この2曲目"Comida"を、Marisa Monteはその1st "Marisa Monte"の1曲目で 取り上げている。 このTita‾sの中心人物がArnaldo AntunesとNando Reisだ。(Nando Reisは、Marisa Monteのインタビューにアルナンド・ヘイズと出てくる。) この2人がMarisa Monte "Mais"で歌作りに参加している。スタンダード的な曲を除いて全て、Monte、Antunes、 Reisの書いた曲だ。 その上でTita‾s "Jesus Na‾o Tem Dentes No Pais Dos Banguelas"からMarisa Monte "Mais"への音の変化を比べるとき、最初に引用したMarisa Monteのインタビューの 言葉がどういうことだったのか、僕には見えたように思える。 そして、それは"Mais"を制作したArto Lindsayの意向ではない。インタビューでは、 逆に、Ambitious LoversやCaetano Veloso "Esrtangiero"を聴いてArto Lindsayに やってもらいたいと思った、と言っている。89年頃のArto Lindsayが昔の人をひき だしてやったことが、逆にBrazilのrock世代のミュージシャンのルーツ指向、そして 新しいブラジル音楽を作ろうという意欲を本格化させたのかもしれない。 あと、Tropica'lismoの女性歌手Gal CostaやaxeのMargareth Menezesなど、Brazilの 女性歌手のほとんどが他人の歌を歌うのに対し、Marisa Monteは自作が中心だ。 それが、彼女が新しい世代であることを強く特徴付けているように思う。 そして、Marisa Monte "Mais"に93年末と94年頭に出たこの作品が続くことになる。 Caetano E Gil "Tropica'lia 2" (Warner Music Brasil / WEA, 4509-93984-2, '93, CD) Arnaldo Antunes "Nome" (RCA Brasil, M30.072, '94, CD) Tropica'lismoの2人Caetano VelosoとGilberto Gilによる"Tropica'lia 2"では、 Arto Lindsayは絡んでいないが、samba reggae / axeぽい曲もあればrapもある、 サンプリングだけの曲もあるし、Jimi Hendrixのカバーもある、という60年代から 活動しているベテランとは思えない意欲的な実験作だった。これはLiminha制作なの だが、Tita‾s "Jesus Na‾o Tem Dentes No Pais Dos Banguelas"の制作もLiminhaだ というのは興味深い。さらにArnaldo Antunesが"As Coisas"の作詞で参加している。 一方Arnaldo Antunes "Nome"は"Tropica'lia 2"の実験的な部分を拡大したような 素晴らしい作品になっている。Arnaldo Antunesの素晴らしい詩の世界を、映像と 音で表現しきっている、そんな作品だ。Arto LindsayやMarisa Monteも参加して いるが、自らの制作だ。Arto Lindsayが制作しなくても、ここまでやれるのだ。 "Tropica'lia 2"や、同時期にArto Lindsayが制作したGal Costa "O Sorriso Do Gato De Alice" (RCA Brasil M10.148) '93を聴くと、Tropica'lismoのベテラン たちもがんばっている。Arto Lindsayの寄与も大きいだろうし、Arnaldo Antunesの ような若いrock世代の刺激も受けているのだろう。 けれど、それ以上に、Tita‾sからMarisa Monte "Mais"さらにArnaldo Antunes "Nome"という音の変化は目覚ましいものがある、と僕は思う。90年代のArnaldo AntunesやMarisa Monteの試み、これがMusica Popular Brasileiraの未来ならば、 僕はもう待ちきれない。 B.G.M.: "Beija Eu" by Marisa Monte "Alta Noite" by Arnaldo Antunes 94/7/13 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕