Everything But The Girl "Walking Wounded" (ebtg / Virgin, CDV2803, '96, CD) - 1)Before Today 2)Wrong 3)Single 4)The Heart Remains A Child 5)Walking Wounded 6)Flipside 7)Big Deal 8)Millorball 9)Good Cop Bad Cop 10)Wrong (Todd Terry Remix) 11)Walking Wounded (Omni Trio Remix) - Produced by Ben Watt except 5 Produced by Spring Heel Jack, 6 Co-produced by Howie B. - Tracey Thorn (vo), Ben Watt (synths,beats,abstruct sounds,acoustic g,vo) 10年以上在籍したBlanco Y NegroからVirginに移籍しての第一弾のアルバムは、 先行するTodd Terry remixの"Missing" (Blanco Y Negro, '95)があったとはいえ、 今までのイメージを覆すようなdrum'n'bassやtechnoの色濃い作品になった。 正直に言って、僕にとってはEverything But The GirlはRobin Miller制作だった 85年頃で終わっていた。それまでの彼らは、背景になっていたjazz、bossa nova、 folk rockといった雰囲気を匂わせた簡素なアコスティックな音も、前景の辛辣さを 保証していたが。なんといっても、フェミニズムに彩られた歌詞を歌うTracey Thornの 低く辛辣な歌声が好きだった。しかし、それより後の作品からは、それまでのような 辛辣さはもはや感じられなかった。 ほとんど興味を失いかけていたEverything But The Girlに対して再び興味を 取り戻したきっかけは、Massive Attack "Protection" (Wild Bunch, '94)への 参加でだった。打ち込みで構築されたtrip hop流儀の自由度の高い音空間に、 Tracey Thornの淡々とした歌声が映えていた。参加したのはタイトル曲を含めて 2曲だけだったが、シングルカットもされ90年代前半のEverything But The Girlの 作品よりも遥かに緊張感のある優れた作品だった。 この新作は、"Protection"でのMassive Attackとの共同作業の成果か良い形で 反映されている。trip popというよりjungleやhouseに近い感触の曲も多いし、 アコスティック・ギターを用いた従来と近い構造の曲も残っている。全体を通して 聴くと少々ダレる気はするが。jungle風の1曲目"Before Today"とhouse風の2曲目 "Wrong"で充分に聴き手は捉えていると思うし、この2曲だけででもこの作品を聴く 価値があるように思う。 しかし、単純に'80年代前半のEverything But The Girlの緊張感が戻ってきたわけ ではない。例えば、"Before Today"の"I want your love and I want it now."と いったコーラスやその前後のそれを際立たせるための"I don't want ..."という 単純な歌詞、もしくは"Wrong"における"Wherever you go I will follow you, cause I was wrong"というコーラスは、'80年代前半の彼らなら決して歌いそうも ない歌詞だ。その当時の歌詞は、"Each And Every One"のように日常的な語彙を 利用しながら、逆説としての恋愛歌を作り出してみせる地点−恋愛の彼岸としての "A Distant Shore"に立っていたからだ。 しかし、ここで、ある意味で紋切型の恋愛歌を再生しているのは、決してそれを 肯定して受け入れている証しではなく、むしろreggae〜dubにおける異化作用の 伝統に基づいている証しだと思う。例えば70年代ルーツレゲエの名曲Jacob Miller "Baby I Love You So" (Yard, '75, 7")を聴いてみるといい。Augustus Pablo制作、 King Tubbyミックスの"King Tubby Meets The Rockers Uptown"で知られるダブ ワイズなトラックにノって、Jacob Millerが幼い声で"Baby I love you so / This is what I really know / Everything should never leave and go away / Baby I'll be slavy everyday / Night and day I'll pray that love come my way" というそれだけを半ば即興的に節を付けて歌うとき、それがもともと持っていた 文字通りの意味−これだけ切出せば紋切型だ−が解体される。なぜなら、dubには サウンドの階層が無いため、主観としての歌声に客観としてのビートが従属する ことなく、その決まりごとをあばくことができるのである。 "Baby I Love You So"から20年以上の年月が過ぎており、伝統的なdubの手法で あるかjungle−ある意味でdubから派生している−であるかという特にビートの 速さと音色の違いはあるが、Everything But The Girlの新作に特徴的な曲− "Before Today"や"Wrong"−でおきていることは同じことである。聴き手にとって jungleやhouseの流儀の打ち込みはThornの歌声と対等になのだ。例えば、80年代 前半においてEverything But The GirlでのCharles Haywardのドラミングがどれ だけの役割を担っていたか、比較してみるとよい。(彼らの初期のジャジーな演奏が ムードに流されない緊張感があったのはHaywardのドラミングのおかげもあると 僕は思ってはいるが。) こういった単に音処理というレベルを越えた批判精神と してのdub〜jungleの構造というものを、この作品はきちんと踏まえている。 それがこの新作の魅力の大きな要素だと、僕は思う。 さて、このアルバムからは、先行して表題曲"Walking Wounded"がシングルカット されている。"Wrong"もシングルカットの予定があり、CDでは、シングル用の リミックスが2曲追加されている。その先行するシングル Everything But The Girl "Walking Wounded" (ebtg / Virgin, VSCDT1577, '96, CDS) - 1)Walking Wounded (Main Vocal Mix Edit) 2)Walking Wounded (Hard Vocal Mix) 3)Walking Wounded (Omni Trio Remix) 4)Walking Wounded (Dave Wallace Remix) 5)Walking Wounded (Main Vocal Mix) 6)Walking Wounded (Spring Heel Jack Dub Mix) - Produced by Spring Heel Jack. Additional Production 3 by Omni Trio, 4 by Dave Wallace. は、アルバムの中でもそれほど良くできた曲ではない。jungle風のリズムの曲だが、 なんといっても、厚く鳴りつづけるシンセ・ストリングが興醒めだ。むしろ、Omni TrioやDave Wallaceによってリミックスされた曲の方が、音が整理されていて良い。 Omni Trioのリミックスでは、引きずるようなベースを強く出しダブワイズにして いるのが気持ちいい。Dave Wallaceはボンボンいうベースにしてもむしろテクノに 近くTracey Thornの声の処理もぶっきらぼうで、その醒めた感じがよい。 次のシングル"Wrong"では、CDに収録されたTodd Terryのリミックスの他、Deep Dish などがリミックスを手掛けているらしい。"Wrong"はアルバムの中でもよくできた 曲なので、リミックスで大きく生まれ変わるということはないと思うが、楽しみだ。 あと、ぜひとも"Wrong"と同じくらい良くできた曲である"Before Today"をシングル カットして欲しい。 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕