Everything But The Girl "Everything But The Girl" (Blanco Y Negro / Sire / Warner Bros. Archives, 9 25212-2, '84/'96, CD) - 1)Each And Every One 2)Tender Blue 3)Another Bridge 4)Frost And Fire 5)Fascination 6)Crabwalk 7)Never Could Have Been Worse 8)Laugh You Out The House 9)Mine 10)Easy As Sin 11)Native Land 12)Riverbed Dry - Produced by Robin Miller - Tracey Thorn (vo), Ben Watt (g,organ,p,vo), Simon Booth (g), Bosco de Oliveira (perc), Charles Hayward (ds), Peter King (as), Bill le Sage (vibra), Johnny Marr (harmonica), Chucho Merchan (double b), June Miles Kingston (ds,vo), Phil Moxham (b), Nigel Nash (ts), Dave Smith (double b), Bob Sydur (ts) 僕にとって、Everything But The GirlはRobin Miller制作だった85年頃までで 終わっていた。アルバムで言えば"Eden" (Blanco Y Negro, '84)と"Love Not Money" (Blanco Y Negro, '85)。背景になっていたjazz、bossa nova、folk rockといった 雰囲気を匂わせた簡素なアコスティックな音はその前景の辛辣さを保証していたが、 特にフェミニズムに彩られた歌詞を歌うTracey Thornの低く辛辣な歌声が好きだった。 しかし、それより後の作品からはもはやそれまでのような辛辣さは感じられなかった。 彼らが'84年にBlanco Y Negroからリリースした3枚のシングル"Each And Every One"、 "Mine"、"Native Land"と、アルバム"Eden"からの選曲されたその当時にUSでリリース された編集盤が、ここに来て突然CD化された。それも、翌年の"Love Not Money"も ぼぼ同時にUS盤でCD化された。"Eden"のUS盤は依然としてリリースされていないものも、 84年に一度この編集盤で紹介されたきり長らくUSで無視され続けてきたこの頃の Everything But The Girlの作品が、こうしてCD化されたというのも興味深い。 おそらく、音楽の構造は大きく異なるとはいえ、"Walking Wounded" (ebtg, '96)の ヒットに依る所が大きいのだろう。 Everything But The Girlのシングル音源の一部は日本盤でCD化されている。しかし、 単にアルバム未収録曲をよせ集めただけの編集ではなく、初期に焦点を当てた編集が、 彼らの初期の魅力をよく伝えていると思う。"When All's Well"や"Angel"といった "Love Not Money"の頃のシングルの音源も収録されていたらもっと良いとは思うが。 Blanco Y Negroからの第1弾シングル"Each And Every One"で、Tracey Thornは自分に 恋文を書こうとしている男性に「考え直したら?」と言う女性を演じてみせる。 「優しくするのは私を思い通りにしたいから」など、この歌には男性の「優しさ」を 拒否するような女性の言葉が多く織り込まれているが、それは女性の−もちろん Tracey Thornの−の本音というものとはかなり異なるものだ。そもそも、この歌の 中には、当の拒否されている「優しさ」の具体的な中身など描かれていないのだ。 結局のところ、この歌は、男性の「優しさ」の中身を批判しているというより、 当然だとおもわれている恋愛の中の要素−例えば「優しさ」−が約束事に過ぎないと 暴いてみせるといったところだ。そして、低く落ち着いた歌声で「考え直したら?」と 歌いかけられるとき、思わず受容している恋愛の約束事−「優しさ」に限らない−を 考えさせられてしまう、そんな強さが"Each And Every One"だけでなく、この頃の 彼女の歌にはあると、僕は思う。 ここからさらに他の作品に聴き進むのであれば、このような歌の原点は、Au Pairs "Playing With A Different Sex" (Human, '81)に見出すことができるかもしれない。 この「異性と遊ぶこと」と題されたこの作品で、Lesley Woodsはその辛辣な歌声で 不快なセックス("Come Again")、ヴァレンタイン・ディのやりとり("Love Song")、 夫の妻への暴力("Repetition")、IRA女性兵士捕虜への性的いやがらせ("Armagh") といった題材を俎上に載せ、「(男女は)平等だけど違っている」("It's Obvious")と いうことが決してあたりまえではないということを暴いてみせていた。その試みを Tracey Thornは継続しようとしていたようにも、僕には思える。 もしくは、Orange Juice "Louise, Louise" ("Rip It Up" (Polydor, '82)所収)への 返歌として、"Each And Every One"を聴くというのも面白いだろう。"Louise Louise" では、歌の主人公はガールフレンドの誕生日を祝う席で「こんなメロドラマチックな ことじゃ物事は良くならない」と言って場を台無しにしようとする。いかにもあり そうもない話なのだが。 Tracey Thornがこういった歌を知っていた−知らなかったとしても構わないことだが− ということは、充分にありうることだ。実際、Tracey Thornは82年頃の英NME誌の インタビューの中で、ミュージシャンのヒロインとしてLesley Woods (Au Pairs)を 挙げていたし、好きなバンドの中にOrange Juiceの名前もあった。 そして、Everything But The Girl結成前のTracey Thornのソロ作品"A Distant Shore" (Cherry Red, '82)で歌った歌詞に、比較的感傷的なスタイルとはいえ、自分自身の その原点を見出すことができる。"A Distant Shore"とは恋愛の虚無主義の向こう側の ことだった。そして、Everything But The Girlの1stに"Eden"という題を付けた。 しかし、Tracey Thornは最初からこういう歌詞を歌っていたわけではない。Marine Girlの"Beach Party" (Whaam, '81)や"Lazy Ways" (Cherry Red, '83) (Marine Girls "Lazy Ways / Beach Party" (Cherry Red, CD MRED 44, '88, CD)というカップリング CDがある。)を聴くと、また違うTracey Thornを見出すことができるだろう。"Beach Party"のオープニングを飾る"In Love"は、単純に「あなたが誰かに恋しているって 聞いたわ、よかったわね」と歌っていくのだが、意外にレゲエ〜タブ的にベースが リードを取りミニマルな背景に乗って繰り返し歌えば歌うほどにそうとは思えなく なってくる、そんな歌だ。もしくは、"Lazy Ways"でカバーしているStudio One時代の Horace Andy−偶然かもしれないが、Massive Attack "Protection" (Wild Bunch, '94) で、共に歌手としてフィーチャーされているのだが。−の名唱で知られる"Fever"に 耳を澄ましてみるのもいいだろう。そして、この頃の歌曲の構造は、意外に"Walking Wounded"のものに近いかもしれない。"Eden"や"Love Not Money"の頃の曲をtrip hopや jungleの流儀にアレンジし直すのは想像し難いものがあるが、Marine Girlsの頃の 歌の中にはそうすると面白そうな歌−例えば"In Love"とか−があるのだ。 96/7/28 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕