「80年代の当地(フランス)のポップ・シーンを象徴するキーワードが、ダオイスムと ミツキスムである。これは当然その前の世代、即ち60年代後半から70年代前半の若い 衆たちが大きく影響された当時の二大思潮、マオイスム(毛沢東主義)とトロツキスム (トロツキー主義)をもじっての謂であるが、前者の頭目がエチエンヌ・ダオ、後者の それがリタ・ミツコというわけである。(中略)リタはニュー・ウェイヴ出身の宅録派の はしりであるが、歌謡曲的情念を乗せても大丈夫という態度のアーチストの代表と なった。ダオの方はもっとはっきりしていて、ロックでなくても大丈夫という立場を いち早く表明した人である。/そんなもん言葉の上の問題だろうが、と言うなかれ。 80年代の時点で若い衆の音楽とは無条件にロックでなければならない、という圧力は 当地では相当強く、若い新人がオーディションで「俺、フランス語でボサノヴァやり たいっす」などと言おうものなら、彼の未来は全くないと宣告されたはずである。」 -- 向風 三郎 (1996) [1] もし、DahoismとMitsukismというものがあるのであれば、'80年にFranceではなく Belgiumからデビューし、その後にFranceに戻りEtienne Dahoの制作でボサノバの 名曲"The Girl From Ipanema" ("Chameleon" (Polydor, '91)所収)を歌ったLioは、 まさにDahoistなのだろうか? 欧州のポップの状況やその背景をほとんど伺い知ることができないこともあり、 Belguimを拠点にするニュー・ウェイヴ・バンドTelex (Marc Moulin)のバックアップ でデビューし、John Cale (ex-The Velvet Underground)の制作の"Pop Model" (Polydor, '88)での3曲もあるこのLioというポップ女性歌手は、いったい何者なのだ ろうか、と以前から不思議に思っていた。 Dahoistであるかという疑問だけでない。単にちょっと「先鋭的」な制作者を使って 個性派を気取るアイドル歌手に過ぎないのか? かつてのBlondieのように半ば戦略 的に−バンド名でわかるが−「ブロンド娘のステロタイプ」を演じセクシュアリティの 枠組みを暴こうとしているのか? 欧州ポップ版のMadonnaのようなものなのか? それとも、そのどれでもない違う何かなのか? たかが一時間余のミニライブとトークショーでこんな疑問が解決されるとは期待して はいなかったけれども、今まで勝手に想像していたのに比べれれば、生で歌い踊る 姿を観れば少しは認識が変わるに違いない、と、行ってきた。 Lio Tower Records 渋谷店 8Fイベント・スペース 96/9/25 19:00-20:00 意外に会場は空いており、椅子は全て埋まったものの、立見は10名余り。整理券が 無くても飛び入りできるありさまだ。 Lioは朱に黒のレースのスリップ姿で現れた。デビュー時の印象が強いし、今回も おさげの髪型にしているとはいえ、やっぱり風情は、大人の女、だった。下着風の 姿とはいえ、いわゆるセクシーと違う、もっとさっぱりした感の。80年のデビュー 時に16歳だからもう32歳か。まずデビュー曲"Banana Split"を歌ったのだが、比較的 ロック流儀とも言える歌い振る舞いに、とまどってしまった。ちらと観たことのある プロモーションビデオのように、もっと芝居かかったものを想像していたからだ。 2曲歌った後に、トーク・ショーがあった。まず驚いたのは、インタヴューを全て 英語でこなしたということだった。インタビューの内容はたわいのないもので、 日本の印象、性的魅力を保つ秘訣、新譜の中にある「日本風」の曲の由来、といった ものだった。性的魅力を保つ秘訣として、恋愛と子作り−彼女は三児の母とのこと− と応えたのにはさすがに笑ったが。あとは、ありふれた応対。おおきな身振りを交えて 率直に話するLioであった。これで、「ぶりっこ」なLioという印象は崩れ落ちた。 つづいて、プレゼント抽選会。このプレゼントがすごくて、舞台衣裳のハイヒールや レアなプレス向け資料やファンジン、さらには、昔に貰った賞のトロフィまで。 で、1曲新曲歌って、最後は握手会。といっても、握手だけでなくキスまでするという、 サービスぶり。これにはちょっとひいてしまった。 で、この一時間の結局の印象は、操り人形的アイドルでも戦略的なアーチストでもなく、 もっとしたたかな芸人といったものだった。もちろん、コンサートのように大仕掛けが できない場なので地を出している感じを演出したのはありうるし、コンサートを観た 方がレコードで接していて浮かんだ疑問を解くにはいいのだろうが..。などと、思い つつ、頬に口紅とかついていないかなと思いつつ、会場を後にしたのだった。 けど、DahoismとMitsukismについては、やっぱり尋ねてみたかった。 [1] 向風 三郎: 欧州西風東風, ミュージック・マガジン, 1996年9月号, p107. 96/9/28 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕