去年の秋に出た洋書をようやく入手して読んでいる。精読どころかまだ全部を 読んだわけではないが、紹介してしまおう。 Greil Marcus "The Dustbin Of History" (Harvard University Press, ISBN0-674-21857-4, '95) 70年代のロック評論の名著"Mistery Train"や、70年代末からのパンク以降なら ではのポップ、ロックの動きを捉え続けている連載"Real Life Rock" (現在は 米"Artforum"誌に連載中) など、ロック評論に大きな影響を与えてきた評論家 Greil Marcusの新刊は、彼が1975年から1993年の間に書いた音楽以外のことに 関する評論を集めたもの。 書評や映画評が中心で、「ロックの「新しい波」」(晶文社, '84)の編訳者あとがき で言及されているSusan Sontag評は収録されているが、Man Ray評、"Bad Blood" 書評は無い。ということは、まだまだこの手の評論があるのだろう。 今の興味から、Camile Peglia "Sexual Persona"の書評"Old-Time Religion"から 読んだ。反フェミニスト的発言で話題になった彼女の本をどのようにMarcusが 評しているか、興味があったからだ。しかし、なんと、この書評の中から feminism/t(ic), sexism/t(ic)という言葉を見出すことができないどころか、 全くこの手の議論をしていないのだ。西洋文化におけるキリスト教と異教(Paganism)、 特にギリシア神話の関係に関する考察、といった具合なのだ。"Sexual Persona" 自体を読んでいないという問題もあるのだが、この書評とSusan Faludi "Backlash" 「バックラッシュ−逆襲される女たち」(新潮社)のCamile Pegilaに言及された 所を読むと、"Sexual Persona"の反フェミニスト的発言は本論とは関係無い遺恨に 基づくものに過ぎず、それを拾い上げて騒いだのがマスコミ、という構図が見える ような気もする。 そう、この本を読み辛くしているのは、英語で書かれている以上に、批評の対象に なっている本や映画に疎いということがある。というわけで、ここで俎上に 上がっているものやその周辺にあたりながら、ゆっくり読んでいくことになる だろう。 さて、この本を読み切る前に紹介してしまおう、と思った理由の一つは、この 本をネタ本の一つにしているであろう和書があるからだ。英語の本を読むのが 辛いと思う人は、まずこの本を読んでみたらどうだろうか。 上野 俊哉 「シチュアシオン - ポップの政治学」 (作品社, ISBN4-87893-246-5, '96/2/20) いきなり冒頭の「ポップの政治学」の中でGreil Marcusの分析をそのまま引用 してしまうあたりで種明かししてしまっているようなものだが、間接的な題材 としても、Gang Of FourとJean-Luc Godardの類似性や、前述のCamile Pegliaに 関するもの、Situationism、Malcolm McLarenとBow Wow Wowなど、Greil Marcusの 本を追いかけている人にはお馴染みの話題がどんどん出てくる。またポピュラー 音楽学の代表的な教科書、Simon Frith "Sound Effects"「サウンドの力」 (晶文社)からの引用も目立つ。 といっても、Greil Marcus "Real Life Rock"の"ミュージック・マガジン"誌の 翻訳連載が打ち切られてしまった現在、Greil MarcusやSimon Frithのような、 ある意味でアカデミック寄りの (カルチャル・スタディ的な) 評論の動向に 日本語で接することのできる貴重な本かもしれない。 しかし、日本のこの手の本にありがちなのだが、リファレンス、インデックスが 全く無いため、資料的価値がほとんど無い。Greil Marcus "The Dustbin Of History"であれば、巻末に7頁にわたるSource (批評で言及した本、映画、 レコードに関する詳細な情報のリスト)、10頁にわたる人名作品名のIndexが 付いている。Greil Marcusの本が特別なのではなく、同様の音楽評論集である John Corbett "Extended Play" (Duke Univ. Press, '94)にも美術・音楽・ 建築評論集Dan Graham "Rock My Religion" (MIT Press, '95)にも付いている。 他の本でも感じるのだが、レファレンスやインデックスのような所を軽視して いるとしか思えない日本の評論書は、良くないと思う。 というわけで、この本を読んで興味を持ったなら、ぜひGreil Marcusの評論に 読み進んでみて欲しい。ちなみに、ロックに関する評論を集めたものとしては、 グリール・マーカス「ロックの「新しい波」」 (晶文社, ISBN4-7949-5061-6, '84) Greil Marcus "Ranters & Crowd Pleasers - Punk In Pop Music, 1977-92" (Anchor Books, ISBN0-385-41721-7, '93) がある。また、DadaからPunkまでの20世紀の裏の歴史をたどった大論文 Greil Marcus "Lipstick Traces" (Harvard University Press, ISBN0-674-53581-2, '90) がある。これが、大筋で「シチュアシオン−ポップの政治学」の下敷きになって いるものといえるだろう。(野々村 文宏の"ミュージック・マガジン"誌のコラム でもそう紹介されてしまっているし、まあその手の本をそれなりに追いかけて いる人には言うまでもないことなのだろう。(笑)) あと、ポピュラー音楽の社会学の教科書 サイモン・フリス「サウンドの力」 (晶文社, ISBN4-7949-6026-6, '91) もお薦めしておこう。そういえば、最近、Simon Frithが新刊を出したらしい。 Simon Frith "Performing Rites - On The Value Of Popular Music" (Harvard University Press, '96) まだ"The Dustbin Of History"が読み終わっていないのに..。まあ、また入手 するのに手間取るのは目に見えているので、いいのだが..。 96/10/23 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕