紹介する機会をちょっと逸してしまった感もある去年末に出たこの作品を。出てすぐ 買ったのだが、良いとも悪いとも言い難い作品で、どうしようかと悩んでいたのだが。 Marisa Monte "Barulhinho Bom - Uma Viagem Musical" (EMI Brasil, 854211-2, '96, 2 CD's) - Disc1)Ao Vivo 1)Panis Et Circenses 2)De Noite Na Cama 3)Beija Eu 4)Give Me Love (Give Me Peace On Earth) 5)Ainda Lembro 6)A Menina Danca 7)Danca Da Solidao 8)Ao Meu Redor 9)Bem Leve 10)Segue O Seco 11)O Xote Das Meninas Disc2)Em Estudio 1)Arrepio 2)Magamalabares 3)Chuva No Brejo 4)Cerebro Eletronico 5)Tempos Modernos 6)Maraca 7)Blanco - Produzido por Arto Lindsay e Marisa Monte 90年頃から活動する Brasil 出身の女性歌手 Marisa Monte の4作目は、ライブ盤 (Ao Vivo) とスタジオ盤 (Em Estudio) からなるCD 2枚組だ。1曲削ってCD 1枚に 収めた欧米盤 Marisa Monte "A Great Noise" (Metro Blue, 853353-2, '96, CD) も 出ているので、熱心なファンでなければ、こちらの方が入手容易だろう。質の悪い 紙風にちょっと黄ばませた紙に (欧米盤は残念ながら白い上質の紙になっている) 、 ポルノ・コミックのコラージュと手書き文字による題字、歌詞、クレジットが ブートレグか自主制作盤かという感じを出しているのも良い。 95年10月に Recife でと96年3月に Rio で収録されたこのライヴ盤は Mutantes の カヴァー "Panis Et Circenses" で幕を開ける。Gilberto Gil と Caetano Veloso に よって書かれ Rita Lee をフィーチャーした Mutantes によって演奏されたこの曲は、 Tropicalismo 宣言の音楽版 Various Artists "Tropicalia" (Philips, 512 089-2, '68/'93, CD) の中でも一際実験的な曲 − テープの変速や様々な音のコラージュが 使われている。 − なのだが、Marisa Monte は少し跳ねるような節回しのこの曲を ポップに歌い上げる。"Tropicalia" が当時のブラジルのポピュラー音楽に何が起きる のだろう? と思わせたなら、ここでの "Panis Et Circenses" はこのライヴで何が 起きるのだろう? と思わせるように。Tropicalismo はその過激さゆえ軍政の弾圧の 対象になり Caetano Veloso と Gilberto Gil は拘留の後に亡命を余儀なくされるの だが、その逮捕の恐怖を恋愛にたとえて歌った Caetano Veloso の "De Noite Na Cama" のカヴァーを、続けて持ってくるセンスが素晴らしい。Marisa Monte (と制作の Arto Lindsay) は良く判っている。さらに、新鋭の詩人 Arnaldo Antunes が自制と自失の 間を揺れ動く心を動詞の活用をうまく使って詠んだ Arto Lindsay, Marisa Monte との 共作のワルツの名曲 "Beija Eu" − この曲は2ndアルバム "Mais" (EMI Brasil, 796081-2, '91, CD) の幕開けを飾っている。"De Noite Na Cama" も "Mais" 所収。 − と続く。この3曲の続きだけでも、このライヴ盤は成功している。あと、このライブ では時々リードギターに代ってフィーチャーされるアコーディオンの響きがとても 印象的だ。ギターの繊細さとは違う丸い響きがいい。 96年7月にNYとRioで録音されたスタジオ盤は、3rdアルバム "Verde Anil Amarelo Cor De Rosa E Carvao" (EMI Brasil, 830080-2, '94, CD) と、ほとんど趣の変わら ない作品。"Magamalabares" のような軽快な曲など魅力的だし、確かに良い新作だ。 2ndアルバム "Mais" と聴き比べて思うのだが、やはり、歌い方がとてもうまくなった。 しかし、"Mais" のロック的ともいえる歌唱がかっこ良かったとも思う。3rd アルバム もそうだが、伸びやかで丸い歌声になっており − 歌唱だけでなく全体の音作りも そうなのだが − 、それが心地いいところもでもあるのだが。初めて "Mais" を聴いた ときの衝撃と今聴いても感じる緊張感を、新作に期待するのはもう無理なのかも しれない。いや、再び "Mais" のような作品を、というより、前作でスタイル的に 完成してしまった感もあるので、新しい展開を期待したいのだが。 この新作に合わせて、同じ題名で同様のパッケージのヴィデオ作品が出ている。 レコード店で一部を観たのだが、セッションの様子などの様子を捉えた平凡な出来 だった。Marisa Monte も参加したヴィデオ作品 Arnaldo Antunes "Nome" (BMG Brasil, '94, VHS) が音、詩、映像が織り成す奇異な世界も素晴らしい作品だっただけに、 Arnaldo Antunes も参加したこの Marisa Monte のヴィデオにも期待したのだが。 このヴィデオを観ていて、人気の女性アイドルみたいなものなのだろうな、と思って しまった。 97/2/16 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕