フランス極右政党右翼政権反対企画、第一弾。 「3月末から極右政党フロン・ナシオナル (FN) が党大会を開くことになって いるアルザスの首邑ストラスブールでは、3月中旬から大規模な抗議活動が 展開されており、3月20日にはハレドが抗議コンサートを行なった。(中略) 即ちもはや単なるライの歌手ではなく、テレビ/ラジオで大ヒット歌手として 登場する、一般フランス人にとってのスターとなっているのである。そのハレド が初めてフランスの国内政治にコミットして、明確な政治的意図のコンサートの 看板スターとして出演。そして大成功。」--- 向風 三郎 (1997)[1] Khaled "Sahra" (Barclay, 533 405-2, '96, CD) で健在ぶりをみせた元ライの 帝王 Khaled が、ついに反FNに立ち上がった。極右FNに負けじと移民を排斥 する法を制定しようとする右翼政権下のフランスで。アルジェリアを追われ フランスにいる Khaled にしてみれば、状況はまさに "El Harba Wine" (「逃げろ! けど、どこへ?」。彼の88年のヒット曲。) といったところなの かもしれない。 そう、イスラム原理主義にアルジェリアを追われ、Khaled をはじめ多くの ライのミュージシャンは半ば亡命状態でフランスにいる。そのような状況下で、 90年前後に比べ、ライのリリースも情報も激減している。Khaled は大手 Barclay からコンスタントにリリースがあるが、その他のミュージシャンに ついては、消息も断片的なものになってしまった。そんな中、久々に大手 Virgin からライの編集盤が出たのだが…。 Various Artists "Il Etait Une Fois Le Rai" (Virgin Horizon, 7243 8 41881 2 2, '96, CD) - 1)Chebba (Khaled) 2)Haoulou (Cheb Mami) 3)N'Sel Fik (Sahraoui / Fadela) 4)Didi (Cheb Khaled) 5)M'haunek Ya Gelbi (Cheb Kader) 6)MaMa (Cheb Mami) 7)Milouda (Bellemou Messaoud) 8)Mezinha Tebsima (Mimoun El Oujdi) 9)Reviens A Moi (Cheb Nasro) 10)Zina (Raina Rai) 11)Goulouki Ki Serali (Cheba Zahouania) 12)Bache Netfahem Mak (Mohamed Lamine) 13)Aiwa (Malik) 14)Gualou Hasni Met (Cheb Hasni) 15)Rani Alla M'Rida (Cheikha Rimitti) 今や CEMA (Capitol-EMI) 傘下の大手 Virgin からのライの編集盤の題名は、 なんと「昔々、あるところにライという音楽がありました。」というもの。 ああ、もはやフランスにおいても、ライは終わっているのだろうか…。 クレジットを見る限り、Blue Silver の音源を中心に編纂されているのだが、 80年代後半から90年代前半に至るまで、作風から音の良し悪しまでさまざま。 Bomb The Bass remix のシングルが大ヒットした Khaled "Didi" や、ライの 欧米でのヒット一号である Sahraoui / Fadela "N'Sel Fik" の'93年の Bill Laswell 参加の新ヴァージョンのような、最新型のポップ・ライから、 いかにも古いスタイルのものまで。88年頃にはロック・ライの代表格と言われ ながら Khaled や Sahraoui / Fadela のようなポップ・ライがライの主流に なってしまったためシーンから消えてしまった Raina Rai が収録されているし、 ライのゴットマザー Cheikha Rimitti も聴かれる。イスラム原理主義の 凶弾に倒れた Cheb Hasni ももちろん収録されている。Hasni / Zehouania や Khaled で知られる "El Baraka" とか、Khaled や Tati で知られる "Wahran (Rouhi Ya Ouahran)" のような、ライの名曲が落ちているのが惜しいか。 しかし Virgin 盤なので輸入盤店で容易に入手できるのではないかと思う。 ライの入門盤として、ぜひお薦めしたい。 この編集盤を聴いていて、かつて、こんな編集盤があったことを思い出した。 久々に聴いてみたらこちらの方がはるかに楽しめたので、紹介しよう。 Various Artists "Rai Rebels" (Virgin / Earthworks, CDEWV7, '88, CD) - 1)N'Sel Fik (Cheba Fadela and Cheb Sahraoui) 2)Khadidja (Cheb Hamid) 3)Ya Loualid (Cheba Zahouania and Cheb Khaled) 4)Foug-E-Ramla (Houari Benchenet) 5)Deblet Gualbi (Cheb Sahraoui) 6)Sahr Liyali (Cheba Zahouania) 7)Sidi Boumedienne (Cheb Khaled) 8)Mal Galbi (Houari Benchenet) - Produced by Rachid Baba Fadela "N'Sel Fik" (Factory, FAC197, '87, 12") のヒットを受けて出た Virgin / Earthworks の編集盤。もちろん、"N'Sel Fik" のオリジナル収録。 この編集盤の音源は全て Rachid Baba のプロダクションのもの。作風の ばらつきがなく統一感がある。 はじめてライでシンセサイザーやリズム・ボックスを使い、ライの故郷 Oran の 西隣の町 Tlemsen にスタジオを持ち、「ラシッド・スタイル」とまでいわれた ポップ・ライを送り出してきたのが、Rachid Baba だ。彼がその後のライの 典型を作ったともいえる。 それにこのCDは音がいい。レゲエ/ダブで知られる Paul `Groucho' Smykle が エンジニアでクレジットされているので、おそらく、編集にあたり Virgin が ポスト・プロダクションしたのだろう。Black Uhuru "The Dub Factor" (Island, '83) や Sly & Robbie "A Dub Experience" (Island, '84) で 素晴らしいミキシングをした Smykle によって、ライの生きの良さが殺されず 広く受け入れられる音になっていると思う。 もっとも生きが良かったときのライが楽しめる編集盤だ。なんせ、題名だって 「ライは抗議する。」だ。お薦めしたい。 この音を制作した Rachid Baba も、95年2月15日に、Cheb Hasni に続いて Oran で暗殺されてしまった。そして今、「昔々、あるところにライという 音楽がありました。」という題の編集盤が出た。しかし、Cheb を取った Khaled は、反FNの抗議コンサートをやっている。 もし`rai'が終わっているのだとしても、`rebels'は終わっていない。 (つづく) 参考文献: [1] 向風 三郎: 欧州西風東風, ミュージック・マガジン, 1997年5月号, p.169. 97/5/5 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕