Malka Spiegel 「ポスト・ロック (post rock) って何?」 Colin Newman 「『メロディ・メーカー』誌のあるジャーナリストによって発明 された用語だ。歌唱といったものがあまりなくて、レトロでも MTV 的でも なくって、けど、ビートもあまりなくて。って、ビートにこだわった途端、 用いているビートの種類によって、ダンス音楽のあるジャンルにされてしまう からね。けど、ビートを入れなければ、ポスト・ロックになり得るんだ。」 -- ~swim Records, 1996/9/23 post-rock もしくは、out-rock というジャンルの呼称が一般的になってきている。 英 _The Wire_ 誌の新譜紹介するページにはこう題したコーナーがある。そして、 そのコーナーをよく担当している Simon Hopkins による編集盤 Various Artists _Monsters, Robots And Bug Men_ (Virgin, AMBT11, '96, 2CD) は post-rock が どう捉えられているのか俯瞰するのに良い編集盤だった。今では、日本盤の帯に すら、その言葉が見られる。 post-rock / out-rock という言葉は、訳せば「脱ロック」とでもいうものだが、 それでは、脱すべき「ロック」とはいったい何なのだろうか。 「ロックの評論家はいつも芸術を主観的な表現について表現してきた。たとえば 音楽は『ローリング・ストーン』誌の発展させた批評の原理によれば、正直に 捉えられた。批評家は演奏がフィーリングの正統なる表現と聞こえたならば高く 評価した。フィーリングが明確に強く出ているほど良いとされた。一番素朴な レベルでは、歌詞が歌い手自身の体験を歌っているかどうかで歌詞を聴いた。 洗練された批評家でさえ誠実さを聴いた。ロックの創造性は個人の感受性を記述し、 ポップ・ミュージックの魂の脱け殻のような定型と対比された。」 --- Simon Frith (1983) [1] 今のロック雑誌の記事やファンの投稿の中で、この原理を越えているものがどれ だけあるだろうか。そして、脱すべき「ロック」の一面は、まさにこれかも しれない。 「前衛パンクはそういう音楽的関連を芸術的な目的に転用した。彼らは音楽用語の 「自然性」を疑った。すべての音楽は作られたものだという前提から出発して、 音楽の根底までさらけだそうとした。さまざまなジャンルの規則ときまりを並列 した。聴き手はそれまでは聴けなかった効果が音楽的に現れているのに注意を 向けるようになった。ロックのファンが最も軽蔑していたポップのクオリティで ある人工性を評価した。彼らはリズムの規則 (ディスコ、ファンク、レゲエ) に 関心を持ったが、それはリズムが主観主義的・現実主義的に最も記述しにくい 音楽要素だからだ。ドラマーはギタリストや歌手のように自分を表現しているとは 聴かれていない。ポップのビートの社会的意味は普通、機能的で、音楽を踊り やすくするだけなのだ。」 --- Simon Frith (1983) [1] 脱パンク (post-punk) 期に、Wire が _Pink Flag_ (Harvest, '77) から _154_ (Harvest, '79) の3年間に駆け抜けたのは、まさにそういうことだったのかも しれない。Joy Division が New Order になる道もそうだろう。 しかし、10年は長い。The Smiths の評価で、ロックの批評原理を越えたものは あっただろうか。これは、伝統的なロックバンドの構成だったこともあるかも しれない。_NME C86_ 世代の多くのバンドにしても、そうだろう。 そして、post-rock で括られる UK のバンドの多くが在籍する Too Pure レーベル (4AD レーベルのオーナー Ivo の支援で作られた) が活動しはじめる'91年に前後 して'90年頃 Shefield で Warp レーベルが活動を開始したのも、象徴的だ。 techno は匿名的な音楽とされたが、確かにそれを戦略的に利用したミュージシャンは いたが、それはむしろその脱ロック性ゆえだったといえる。Colin Newman が言う ように post-rock と techno のようなダンス音楽の差違がビートにすぎないので あるならば、Seefeel のように、Too Pure と Warp を行き来するバンドがあるのは 当然ともいえる。 そして、techno 〜 dance music 寄りの'90s脱ロックの立場からの脱ロックと しての post-punk の再評価の一例が、New Order _(The Rest Of) New Order_ (London, 828 661-2, '95, 2CD) だったのだったとしたら、(ジャンルとしての) post-rock 寄りの'90s脱ロックの立場からのそれは、これだろう。 Various Artists play Wire _Whore_ (WMO, WMO2CD, '96, CD) - 1)40 Versions (Godflesh) 2)Mannequin (Lush) 3)It's A Boy (Resolution) 4)A Serious Of Snake (aMiniature) 5)A Question Of Degree (Kustomized) 6)Ahead (Band Of Susans) 7)Three Girl Rhumba (Bark Psychosis) 8)On Returning (The Ex-Lion Tamers) 9)12XU (Spasm) 10)Lowdown (Fudge Tunnel) 11)German Shepherds (Laika) 12)A Mutual Friend (Chris Connelly) 13)Eastern Standard (Carl Marks) 14)Our Swimmer (The Petty Tyrants) 15)Eardrum Buzz (Scanner) 16)Being Sucked In (Again) (Polar Bear) 17)Fragile (Lee Ranaldo) 18)Map Ref 41N 93W (My Bloody Valentine) 19)Outdoor Miner (Transformer) 20)Used To (Main) 21)The 15th (Mike Watt) Wire 自身のレーベル WMO (Wire Mail Order) からリリースされた英米の21の バンドによる Wire のカバー集。バンドのタイプも多岐にわたるうえ、Wire の 曲も "12XU" といった最初期のものから "Eardrum Buzz" のような活動再開後の ものまで。若干焦点がボケているのは否めないのだが。 Laika の "German Shepherd" も悪くないが、My Bloody Valentine による "Map Ref 41N 93W" が中でも一番良い。post-punk に至った "154" に収録 された曲の中でも最もポップ (ポップであることは脱ロックでもあった) なこの 曲を、そのポップさを殺すことなく、ある意味で post-rock の代表的な手法と なった音響的なフィードバックのギター音でカヴァーしてみせている。 脱ロックとは何なのか考えるのにうってつけの一曲かもしれない。 参考文献: [1] サイモン・フリス: サウンドの力, 晶文社, 1991 (Simon Frith _Sound Effects_ '83) 97/8/10 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕