Power of Music 第2回 - クラッシック音楽、それは観ても楽しめるもの アサヒスクエアA, 墨田区吾妻橋1-23-1 (浅草) 97/11/26, 19:00-21:30 - 向井山 朋子 (piano), 伊藤 キム (dance) Tomoko Mukaiyama, _Women Composers_ (BVHaast, CD9406, '94, CD) は、 クラシック音楽では数少ない女性作曲家 − それも同時代の − に焦点を 当てるというコンセプトはもちろん、声やパーカッションも駆使した力強く 多彩な演奏が素晴らしい作品で、ここ1年半近く愛聴している。是非、彼女の 演奏を生で観てみたいと思っていたので (去年の来日は不覚にも見逃した。)、 観に行った。クラシック音楽の演奏会など滅多に行かないのだけれども。 目当ては 向井山 朋子 だったこともあり、彼女に焦点を当てて話を。 舞踏家との共演ということで、演奏に集中できないかもしれないといういやな 予感がした一方、ハプニング的な楽しみもあるかもしれないという期待もあった。 結果としては、あまりめちゃくちゃなことはしなかった (クラシック演奏会と してはそうでないのかもしれないが、そもそも、ロックやジャズでは「音楽、 それは観ても楽しめるもの」なんて言われるまでもないことだ。) けれども、 演奏は楽しめた。 舞踏家との共演の話は、向井山の動きの多い演奏にちゃんとふりをつけさせると 面白いのでは、と、主催者側がもちかけたそう。伊藤は「どうせ、お嬢さん芸 でしょう」と最初は断ったそうだが、実際の演奏を観て、共演を決意したそう。 確かに、向井山の演奏は、「お上品」「お嬢様の手習いの延長」といった類の ものではない。 最も密な共演は、後半冒頭の 一柳 慧 (Ichiyanagi Toshi) の "Pratyahara Event" (に触発された即興、と本人は言っていたが。) だったろうか。床や壁、 ピアノに紙がたくさんはりつけてあって、そこをどたばた走りまわる、と いった感のもので、演奏というよりはハプニングに近かったし、かなり ギャグぽいことをして客からも笑いをとっていた。もっと客を巻き込んでも いいのでは、と思ったけれども。 あとは、J. S. Bach の「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 ハ単調フーガ」も からみがあったが。この曲は、向井山は Bach は演奏したくなかったそうだが 主催者の意向でと、トークの時もそう言っていた。トークのときも演奏の 解釈について、司会の主催企業メセナ担当者と彼女が激論を始めてしまい、 どうなることやらという感もあったのだが。(結局、並行線のまま打ち切り。) この司会は Bach がとても好きで、「聴いていて動き出したくなる音楽と いったら Bach」と持ち掛けたそうなのだが。企業メセナの8割はクラシック 音楽、と言われるくらいでわかっている人も多く、彼もそれなりのクラシック 音楽への造詣を持った上で言っているのは判るけれども、彼女の同時代性 / 現代音楽へのこだわり、といった演奏コンセプトは全く理解できないのかな、 と思ってしまった。クラシック音楽ファン本流からしてみれば、Bach への こだわりなどを理解できないのかな、ということになるのかもしれないが。 もう一つは服の話。彼女が着ていたのは黒い Comme des Garcons のドレス だったのだけれども、これは、話題になった、'97年春夏コレクションの 瘤付 (正確にはズレた位置にパットの入った) ドレス。トークで司会が 「動きの多い演奏家は服も違いますね」と振ったのがきっかけだったと思うの だけれど。彼女は「胸や尻に入っているべきパッドがズレで付けられている ことにより、女性はこうあるべきだとされている姿に反抗している」と服の コンセプトを説明したうえ、さらに、クラシック音楽の女性演奏家のステロ タイプな提灯袖+フリフリドレス衣裳を処女崇拝の象徴だと批判しはじめた。 司会も「それでは、あなたは反抗したいんですね」とか応じて、これも並行線。 しかし、クラッシック音楽雑誌を見れば明らかなほとんど時代錯誤といって いいほど反動的にしか見えない多くのクラシック音楽の女性演奏家の衣裳を 見ると、彼女ばそういうことを言い出したくなるのもよくわかるのだが。 Comme des Garcons の瘤付の服といえば、この10月のNYでの Merce Cunningham Dance Company の _Scenario_ 初演は 川久保 玲 が衣裳を担当し、瘤付の 衣裳でやったのが話題になったわけだけど。後で、彼女にその話をしたら、 それは知らなかったとのこと。 他の演奏は、演奏は演奏、舞踏は舞踏、という感じだった。オープニングは、 Louis Andriessen が彼女のために書いた "The Memory Of Roses" のソロ。 これは、彼女の赤い薔薇を使ったパフォーマンスやトイピアノ演奏も含む もので、意外と女性的でちょっとエロチックな感じ。彼女は「Andriessen は 私のことを慎み深い大和撫子と誤解しているらしい。」と言っていたが。 あと、Charles Ives, "Celestal Railroad" と Frederic Rzewski, "Winnsboro Cotton Mill Blues"。どちらもポピュラーな曲をモチーフ/引用した曲で、 彼女の演奏はそのポピュラーさを生かしたのりのいい演奏。特に、"North American Ballads" の中の一曲である後者はよかった。Rzewski の曲は彼女の おきにいりのようだったけど。"The People United Will Never Be Defeated" と同じく「民衆の歌」を元にした曲で、Rzewski 自身の演奏であれば、 Frederic Rzewski, _North American Ballads & Squares_ (harArt, CD6089, '91, CD) に収録されている。(ちなみに、やはり自演の Frederic Rzewski, "The People United Will Never Defeated" (harArt, CD6066, '91, CD) も ある。) そのCDのリーフレットに彼自身による曲の説明があるので、ここで 紹介しよう。あの場の聴衆の中のどれだけが、この曲のことを知っていた だろうか。まあ、知らなくてもいいのだろうが。伊藤 キム のあの動きは、 「地獄のような労働」と関係あったのか (意識していたような気もするのだが)、 聞いてみたかった。 "Winnsboro Cotton Mill Blues" は、作者不詳だが、1930年代に作られた 曲である。その歌詞はノース・カロライナの紡績工場の労働条件に関する もので、今も当時とあまり違わないかもしれない。 「サージェントのやつか席についていて / あのバカ野郎は俺等を休ませ ようとしない / あいつは死人の目から小銭を抜き取る / コカコーラと エスキモー・パイを買うために // 俺にはブルースがある / ウィンズボロ・ コットン・ミル・ブルースが / おまえも俺も知ってるからいうまでも ないが / おまえはトム・ワトソンのために地獄でのように働いてる // 俺が死んでも埋めないでくれ / スプーン・ルームの壁にぶらさげてくれ / 手に魚鉤を握らせて / そしたら俺は天国へ行かれるかもしれない // 俺にはブルースがある / ウィンズボロ・コットン・ミル・ブルースが... 」 アンコールの Henry Cowell, "Aeolian Harp" は内部奏法の曲だったのだが、 グランドピアノの中だけライティングしたのが奇麗だった。 演奏が終わった後、楽屋に行って、彼女と話をすることができたので、 そのときの話を。(伊藤 キムはシャワー中ということでいなかった。 白塗りマンボ男 @ 熱海大道芸の話とか聞いてみたかったのだが。) ICP Orchestra や Willem Breuker Kollektief が好きで、その流れで _Women Composers_ を知り、聴きに来た、と切り出したら、「オランダでは (彼女はオランダ在住)、Misha に即興演奏のレッスンを受けているのー。 ついこないだ、来日したんだって?」「はい、もちろん、ライヴ観に行き ました。」と、Misha Mengelberg の話。1年ほど前に倒れて、それ以来、 煙草をやめたとのこと。健康状態はあまりよくないらしい。そういえば、 横浜では煙草を吸いながらの演奏はなかったような。ICP Orchestra や Willem Breuker Kollektief くらいめちゃくちゃするかと予想してました、 と言ったら、「あの人たちは、あれしかできないから〜(笑)」と。 あとは、Merce Cunningham と 川久保 玲 のコラボレーションの話とか。 パフォーマンスが映える程度に大柄で、Comme des Garcons のドレスも 映えていたし。トークのときのはっきりしたもの言いといい、楽屋で話して いてもさばさばした感も好印象。 しかし、司会とのやりとりとか見ても、日本ではなくオランダを拠点にして 活動しているのもわかるような気がした公演だった。この 向井山 - 伊藤 と いう組合せで水戸芸術館でやる予定もあるようだが、そういう場所でやった 方が生きる人かもしれない。そもそも、クラシック演奏会というよりも、 もっとオルナナティヴな音楽イヴェントでの方が受け入れられる音だと 思うし、_Women Composers_ もそういう音楽を聴いている人に受けている ように思うのだが。 今後のライヴの予定としては、 権代 敦彦 シリーズ「21世紀の音楽II」- シャリーノの音楽 神奈川県立音楽堂 98/3/21, 18:30- - Jannie Pranger (soprano), Frances-Marie Uitti (violincello), 向井山 朋子 (piano) というものが予定されている。Frances-Marie Uitti といえば、2本の弓を 駆使した即興演奏を収録した、Frances-Marie Uitti, _Two Bows_ (BVHaast, CD9505, '95, CD) も印象的なセロ奏者だけに、観てみたいと思っている。 97/11/30 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕