1997年に発売された中から選んだ10枚。 第一位: Miossec, _Baiser_ (Play It Again Sam, PIAS351CD, '97, CD). Brest, Bretaigne 出身のこの5人組による "On Etait Tellement De Gauche" (「人々はあんなに左翼だったのに」) は、97年前半の右傾化したフランスの 状況にぴったりの歌だったかもしれない。しかし、"La Fidelite" (「貞節」) の "Oh mon amour, mon amour, je creve de ne pouvoir te toucher / Oh mon amour, mon amour, je creve de ne pouvoir te BAISER" (「君に触れられないのが たまらない/君とキス (セックス) できないのがたまらない」) というリフレインが、 この一年、僕の頭から離れなかった。 第二位: Tim Berne, _Bloodcount Unwound_ (Screwgun, SCREWU70001, '97, 3CD). ベース・レスのギター・トリオの活躍が目につくここ最近のジャズ・即興音楽の シーンであるが、そんなトリオの作品の一つ Tim Berne, Marc Ducret, Tom Rainey, _Big Satan_ (Winter & Winter, 910 005-2, '97, CD) も悪くはなかった。しかし、 Marc Ducret を抜いて二管カルテットになっての Bloodcount のライヴ盤は、 割れかかった録音も生々しさを増すほどに強烈で、CD 3枚もあっというまに 終わってしまったと思うほどだった。 第三位: Ernst Reijseger, _Colla Parte_ (Winter & Winter, 910 012-2, '97, CD). オランダの粋なジャズ・トリオの新作 Clusone 3, _Love Henry_, (Gramavision, GCD79517, '97, CD) は、そのユーモアも相変わらずの楽しい作品だったが、 そのチェロ奏者 Reijseger のソロ作品は、チェロを抱え弾き歌い口笛吹くところを 観てみたいと思うくらいリラックスした作品だった。 第四位: Sleater-Kinney, _Dig Me Out_ (Kill Rock Stars, KRS279, '97, CD). Riot Grrrl の中でも Heavens To Betsy の Corin Tucker の金切り声直前の凛と した詠唱は際立つものがあったけれども、Tucker の新たなバンドでのこのアルバムは、 Carrie Brownstein の対称的に低く落ち着いた声と、Janet Weiss の活き活きとした ビートを得て、辛辣さと魅力を兼ね備えたポップ・ロックとなった。 第五位: Scala, _Slide EP_ (Too Pure, PURE66CDS, '97, CDS). テクノ的というよりロック的なビートとその歪み方が魅力的なポップ曲で、 Sarah Peacock の歌声もノっていて実にかっこいい。去年リリースされながら、 なかかな出回らなかった Scala, _Beauty Nowhere_ (Touch, TO:29CD, '96, CD) の Blondie の "Heart Of Glass" のカヴァーや "Torn" もお勧めだ。 第六位: The Recyclers accompagnent Katerine, Ignatus, Sasha Andres et Irene Jacob, _Morceaux Choisis_ (Rectangle, REC I, '97, LP). Serge Gainsbourg や Jacques Brel のカヴァーを集めたA面の方がヌーヴェル・ シャンソン的な楽しみ方が出来るのだろうが、Brigitte Fontaine や Pierre Barouh の 曲のカヴァーを集めたB面の方が、このフランスのジャズ・即興系のミュージシャンと ポップの歌手の共演という企画が生きている。ジャズ・即興系の若手トリオ The Recyclers は、その一方でジャズ・即興系のミュージシャンをゲストに The Recyclers, _Visit_ (deux Z, ZZ84127, '97, CD) という新作もリリース、 この柔軟な活動からは目が離せない。 第七位: Dorgon + William Parker, _9_ (Jumbo Recordings, DOR01, '97, CD). 相変わらず多い William Parker 界隈の NY のジャズ・即興シーンのリリースの 中では、Matthew Shipp "String" Trio, _By The Law Of Music_ (hat ART, CD6200, '97, CD) の現代音楽的な弦の響きの緊張感も悪くなかった。しかし、段ボール紙に 挟んだだけというパッケージにめちゃくちゃなクレジットと匿名の c-melody サックス 奏者という怪しさだけでも、この _9_ の印象は強烈だった。しかし、その印象よりも このCDのベースの轟音とサックスの緩い響きはもっと強烈だった。 第八位: Jean-Luc Godard, _Nouvelle Vague_ (ECM, ECM1600/01, '97, 2CD). この'90年の映画を音だけ収録したこの2枚のCDを聴くと ― 映画を観ればわかる ことだが、Jean-Luc Godard と Francois Musy がその映画の中で、Alain Delon の 台詞も、Patti Smith の歌の流れるラジオの音も、Dino Saluzzi のアコーディオンの 響きも、Meredith Monk の超絶歌唱も、そして、カラスのギャオスという鳴き声 すらも対等に扱っているということがよくわかる。 第九位: Mouse On Mars, _Audoditacker_ (Too Pure, PURE70CD, '97, CD). TVで観た Reading Fes. での Stereolab の "Miss Modular" の演奏の衝撃に比べ、 その曲を収録した Stereolab, _Dots And Loops_ (Duophonic Ultra High Fidelity Disks, D-UHF-CD17, '97, CD) はあまりに心地よい出来に過ぎると思った。一方、 _Dots And Loops_ の制作に参加した Mouth On Mars の、 Stereolab の Laetitia Sadier が一部参加した先行シングル Mouse On Mars, _Cache Coeur Naif_ (Too Pure, PURE65CDS, '97, CDS) とこのアルバムは、バタバタしたリズムに 俗なメロディが乗る曲など、その微妙なズレ具合がいい出来になっていた。 第十位: Ornette + Joachim Kuehn, _Colors_ (Harmolodic, 537 789-2, '97, CD). Harmolodic Music の40周年にあたる97年に、Harmolodic Music の30年を記念して 企画された Ornette Coleman, _In All Languages_ (Caravan Of Dreams / Harmolodic, 531 915-2, '87/'97, CD) が再発されたのは、とてもうれしいことだった。 しかし、単におさらいするだけでなく、長らくしてこなかったビアノと近年共演 しはじめ、ついにこのピアノとのデュオまでリリースしてしまったのには驚いた。 しかし、さらに、Bernard Tschumi が設計の際して Peter Eisenman と Jacques Derrida を招いた Parc de La Villette での、7月1日のライヴに Jacques Derrida を 招いて共演したこと、そしてそれが失敗したということは、もっと驚きだった。 次点: ドラムン・ベースがあっというまにつまらなく'97年だったが、The Third Eye Foundation, _Ghost_ (Domino, WIGCD32, '97, CD) は、ドローンを思わせる ギター等のフィードバック・ノイズが緩やかな枠組みを示すリズムに対峙する音に、 ドラムン・ベース以降を感じさせてくれるものがあった。その一方で、より実験的な テクノ界隈に目を移すと、Experimental Audio Research, _The Koener Experiment_ (Mille Plateau, CDMP37, '97, CD) や Evan Parker & Lawrence Casserley, _Solar Wind_ (Touch, TO:35, '97, CD) など、フリー・即興系のミュージシャンが 参加した電子音響的な作品が気になった。 番外特選: Miossec, Les Elles, Dominique A, Autour De Lucie といったロック、ポップから、 DJ Cam, Snooze, A Reminiscent Drive といったクラブの音楽、The Recyclers, Yves Robert といったジャズ・即興の音楽、そして、それらんおジャンルを越えた 共演、等、フランスから出てくる音楽がとても面白かった1997年だった。しかし、 ラッパーが一同に会した Various Artists, _11'30 Contre Les Lois Racistes_ (Cercle Rouge Productions / Play It Again Sam France / Crepuscule France, TWI1039, '97, CDS) に象徴されるように、その背景には、右派の政府の Pasqua- Debre 法による移民排斥や、極右の国民戦線の台頭、といった社会の右傾化もあった。 かつて、Greil Marcus は "Real Life Rock" の1980年のTop 10で、「右手で失業と インフレを高くもちあげる一方、もうひとつの右手で社会福祉を切り払い、かつ 「白人ならよろしい」という移民政策を押しつけて、サッチャーは危機意識あふれる 音楽を興隆させた。」として、当時の UK の首相 Thatcher にMVPを与えている。 僕はこれに倣って France の Chirac 大統領に97年のMVPを与えたい。 98/1/1 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕