数年前にリリースされたCDだが、1920年代前衛の裏の歴史を感じさせるピアノ曲集の 企画があるので、紹介したい。 Steffen Schleiermacher _The Bad Boys!_ (hatArt, CD6144, '94, CD) - Music composed by George Antheil, Henry Cowell, Leo Ornstein - Recorded 93/11/13,14 - Steffen Schleiermacher (piano) George Antheil の自伝 _Bad Boy of Music_ から題が取られたこのCDは、 20年代に Paris や Berlin でスキャンダルを引き起こしたアメリカの未来派的 ピアノ奏者 Antheil, Ornstein と、アメリカ西海岸育ちで内部奏法を初めて やった Cowell の曲を集めたもの。 最初に収録されている Henry Cowell (1897-1965) の曲は、肘打拳打のグァーン ピャーンというトーンクラスターや内部奏法の繊細な弦の音色が、比較的甘い 旋律をあいまって印象的なのだが。そういう演奏も当時はスキャンダラスだった のだろう。しかし、内部奏法の名曲 "Aeolian Harp" (1923) など、今聴くと とても美しい作品だ。 プロペラ音などの機械音を使ったスキャンダラスな舞台音楽 _Ballet Mechanique_ (1924) を手掛けたことで知られる George Antheil (1900-1959) の騒々しさを 期待するなら、ここでは、"Sonata Sauvage" (1922/23) や "Jazz Sonata" (1922) かもしれない。しかし、騒々しさよりジャズ的なニュアンスの強さが魅力なの かなぁ、と僕は思っていたりして。 Leo Ornstein はこれでしか聴いたことがないのだけれど、Antheil と似たジャズ っぽさ、というか、リズムの良さを持つ作品だと思う。 このCDのリリースからしばらくして、次のCDがリリースされた。 Steffen Schleiermacher _Soviet Avant-Garde_ (hatArt, CD6157, '94, CD) - Music composed by Arthur Lourie, Alexander Mossolov, Sergej Protopopov, Nikolai Roslavetz - Recorded 94/5/30,31 - Steffen Schleiermacher (piano) Antheil や Ornstein が「西」のブルジョワ相手にスキャンダルを巻き起こして いたころに「東」から出てきたピアノ音楽を取り上げたもの。 こちらは、17年の十月革命後、ムゾ (教育人民委員部音楽部門) のトップに 立った (が、後22年に亡命) Authur Lourie (1893-1966) の曲がメインに なっている。収録されているのは革命前の曲なのだが、やはりポツポツとした 非調整的な音の並びという感じ。「ロシアの Schoenberg」と言われるらしい Nikolai Roslavetz (1881-1944) の曲 (こちらは革命直後のムゾ時代) にしても そうなのだが、_The Bad Boys!_ に収録されている曲に比べて遥かに冷たく 抽象的な印象を受ける。冷たい方が革命の音楽、というのも面白いのだが。 彼らはロシアにおける十二音音楽の創始者といわれる人たちで、新ウィーン派 (Schoenberg, Berg, Webern) と近い雰囲気があるようにも思う。 _Iron Foundry_ (『鉄工場』) で知られる Alexander Mossolov (1900-1973) の 曲は、29年にブルジョワ的な形式主義者としてウズベクに追放される直前の 27,28年のものだが、こちらの強い音を多用したリズミカルな曲は、やはり _The Bad Boys!_ と繋がるものがある。 Sergej Protopopov (1893-1954) は、ウクライナはキエフの音楽家という ことしかわからないのだが、ここで聴かれる1924年の1曲は、それほど 抽象的でないという意味で、Mossolov に近く聴こえる。 この2枚から、20年代ヨーロッパを挟んでアメリカとソビエトに至る前衛の ネットワークの一端を聴くことができるような気がする、そんな面白い企画の 一枚だと思う。 hatArt はスイスのフリージャズ・現代音楽のレーベル。現代音楽のレコードの 制作にあっては、ほとんどのクラッシックのレコードが「作曲者主義」 ― 作曲家と 曲が先にあってそれに見合う演奏者を探して制作するやり方 ― を取るのに対して、 hatArt は「演奏者主義」― 演奏者が先にあってやりたい曲を選んで演奏するやり方 ― を取っている。この Steffen Schleiermacher というピアニストが選曲して演奏 した戦前前衛のピアノ曲集という2枚の企画も、そういうやり方だからこそ実現 できたし面白くなった企画なのかもしれない。 ちなみに、この2枚のCDの英語のライナーノーツは、_Extended Play_ (Duke Univ. Press, '94) で知られる Chicago の John Corbett によるもの。 書くにあたって David Grubbs (ex-Gastr Del Sol) の協力があったという 謝辞もあったりする。_The Bad Boy!_ のライナーノーツで「Scriabin と Sun Ra の間にある重要なリンク」とか言っているのは走り過ぎな気もするが。 やはりフリージャズ・現代音楽のレーベルであるオランダの BVHaast からも、 Geoffrey Madge, _Key To Russia 1_ (BVHaast, CD9602, '96, CD) という ロシア・アヴァンギャルドのピアノ曲集が出ている。こちらは、Mossolov と Roslavetz に Dimitri Shostakovich の曲をやっている。_Soviet Avand-Garde_ が 気にいった人には、こちらもお勧めだ。 _ _ _ 11月末に観た 向井山 朋子 のコンサートで、アンコールに _The Bad Boys_ に 収録された Henry Cowell, "Aeolian Harp" (1923) の演奏を聴くことができた。 会場を真っ暗にし、グラントピアノの内部にのみ淡い緑にライティングした中、 上半身をグランドピアノに突っ込んで演奏している様子は、曲の奇麗さもあって、 とても幻想的な感じで、印象に残っている。もはや、"Bad Boy" の演奏する スキャンダルな曲ではないのだなぁ、と、ふと思ってしまった。 98/1/2 嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕