'70年代末の post-punk 期に Cardiff, Wales から出てきた Young Marble Giants というバンドがあった。か細いが凛とした Alison Statton の歌声による抽象的と いうよりも無対象的な歌詞 ("N.I.T.A. (Nature intended the abstract)") は もちろん、Stuart & Phil Moxham の作り出す、ポコポコ安っぽいリズムボックス、 コードをミニマルに刻むギター、リードを取るベースやオルガン、からなるほとんど 最低限のバックの音が、脱パンク的な方法論を感じさせるものだった。 しかし、Young Marble Giants はアルバム _Colossal Youth_ (Rough Trade, ROUGH8, '79, LP) と2枚のシングルをリリースした後、'80年11月に NY の Harrah! という クラブで行われたライヴを最後に解散してしまった。その後、Alison Statton は south Africa と Brazil の pop を混交するような試みをしたバンド Weekend の 歌手として活動し始めた。一方、Stuart Moxham が始めたプロジェクトがこの The Gist だった。 Young Marble Giants や Weekend が、Alison Statton の歌声の魅力もあってか、 再発CD化がされてきているのだが、なぜか The Gist はされていない。しかし、 The Gist の音楽も、それらに劣らず魅力的なものだ。 The Gist _This Is Love_ (Rough Trade, RT058, '80, 7") - A)This Is Love B)Yanks - Engineered by Dave Anderson. Recorded at Foel Studios. - Stuart Moxham (vocals and instruments); Phil Moxham (bass) on A; Lewis Mottram (bass) on B. Young Marble Giants の解散とほぼ同時期の'80年末にリリースされたのが、この _This Is Love_ だ。音の構成はドラムが生らしくなった程度で Young Marble Giants と同様なのだが、控えめに出される Stuart Moxham の歌声は「これが愛だ」と 確信を込めて主張するというよりも、むしろ、「これが愛だ」と歌われていることを 疑わしく思わせるようなものだ。そして、それは Weekend 以上に Young Marble Giants 以来の脱パンク的な方法論を踏襲したものだった。 翌'81年には、_New Musical Express_ 誌と Rough Trade が共同企画したコンピ レーションのカセットテープ _NME C81_ に1曲 "Greener Grass" で参加している。 folk 的なのだが、後半の音構成が dub 流儀になる面白い曲だ。このような reggae 〜 dub の試みはアルバムで一層推し進められるのだが。 The Gist _Love At First Sight_ (Rough Trade, RT085, '81, 7") - A)Love At First Sight B)Light Aircraft - A) Engineered by Phil Legg at Cold Storage, Brixton. B)Produced by Phil Legg and Lewis Mottram. - Stuart Moxham (vocals and instruments); Phil Moxham (b) on A; Dave Dearaley (g) on A; Shelia Howery (vo) on B. 続くシングルのタイトル曲 "Love At First Sight" は、The Gist の代表曲と言って いいだろう。明るくしかし感傷的なギターの奏でるミニマルな旋律と、いくらか dubwize に引きずるようなベースラインの対比が面白い曲だ。とても短い歌詞だが、 「これが一目惚れ? こんなの初めてだよ。」と思わず感情移入してしまいそうに 歌いかける歌詞の前半に対して、それ批判するように「そんないんちきな心が 傷つくことほど、望んでいることは無いの。」と後半で受ける、そういうオチも 面白い歌だ。B面の "Light Aircraft" は明るいこと多い The Gist の曲の中では 珍しく高く引きつった女性の歌声をフィーチャーしたマイナーな暗い曲だ。 これらのシングルから3曲、編集盤 Young Marble Giants / The Gist / Weekend, _Nipped In The Bud_ (Rough Trade, ROUGH57, '82, LP)にも収録されている。 (日本盤は収録曲が異なる。) The Gist _Embrace The Herd_ (Rough Trade, ROUGH25, '81, LP) - A1)Far Concern 2)Love At First Sight 3)Fretting Away 4)Public Girls 5)Clean Bridges 6)Simian B1)Embrace The Herd 2)Iambic Pentameter 3)Carnival Headache 4)Concrete Slopes 5)The Long Run 6)Dark Shots - Engineered and Produced by Phil Legg at Cold Storage, Brixton. B1,3,4) Cut from home-recorded four-track masters - Stuart Moxham (all vocals and instruments) except, Phil Moxham (b), Dave Dearnaley (g), Wendy Smith (vo), Alison Statton (vo), Viv Goldman (vo), Debbie Pritchard (vo), Lewis Mottram (instruments), Nixon (vo), Charles Bullen (hi-hat,snare,tambourine), Phil Legg (tom toms), Jake Bowie (crash cymbal), Epic Soundtracks (ds) そして、リリースされたアルバム _Embrace The Herd_ は、Africa percussion 風の 音がフィーチャーされた、ちょっと調子外れな reggae 曲 "Far Concern" から始まる ことからもわかるように、dub 的なベースラインや音処理が印象的な作品になって いる。African parcussion 風の音が多用されているし、ミニマルに反復するギターも folk 的というよりも African pop の rhythm guitar に近い。そういったやり方が 軽快さを生み出している一方、拙いと思わせるような演奏がノリの軽快に引っかかりを 生じさせている。一番の引っ掛かりは、ちょっと沈んだ感じの Stuart Moxham の歌声 かもしれないが。軽快そうで軽くなりきれないところが、The Gist の魅力かも しれない。 Stuart Moxham のソロ・プロジェクトという感じで、ミュージシャンは曲によって 異なっているのだが、統一間を失わないよう効果的に使われている。Alison Statton や Wendy Smith のような女性歌手の歌声も印象的だし、"Dark Shot" での Epic Soundtracks のバタバタしたドラミングもかっこいい。 The Gist _Fool For A Valentine_ (Rough Trade, RT125, '82, 7") - A)Fool For A Valentine B)Fool For A Version - A) Performed and Produced by Stuart Moxham. Engineered by Phil Legg at Cold Storage. B) Performed and Produced by Stuart Moxham, Martin Harrison, Phil Legg, Lewis Mottram, Tom, Phil Moxham, Judy Carter at Abbey Road. そして、'82年にリリースされた The Gist 最後のシングルがこれだ。アルバムで 見せた reggae 趣味がこのシングルで徹底されている。B面はA面の version、 つまり dub が収録されているほどだ。明るいメロディの軽快な reggae 曲で、 「僕はヴァレンタインの贈り物をしてくれた人に夢中」とでもいう感じ意味の サビを歌うのだけれども、それが曲や歌詞の舞い上がった感じとは正反対の淡々と 沈んだ感じで歌われるのが面白い曲だ。 Young Marble Giants や Ben Watt、Tracey Thorn が80年代初頭で試みていた音は、 脱パンク的な音作りの中でもアコースティックな音として位置づけられることが 多いのだけれども、The Gist の音をちゃんと聴けば、むしろ The Flying Lizard にも近い dub / reggae 的なアプローチの音だし、そんな中でもよく出来た アルバムだと思う。是非、ちゃんと聴いてみて欲しい。 98/8/20 嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕