1980年初頭の脱パンク期に The Raincoats という London から出てきた女性トリオ がいた。デビュー直後の拙い演奏も緊張感を感じるものだったが、次第に技量を上げ、 ダブやラテン / アフロ的なアレンジなども試みるようになった。しかし、巧い歌や 演奏を聴かせるというより、わいわいがやがや演奏している感じがするのが魅力的な バンドだった。しかし、彼女らは3枚のアルバムを残して1984年に解散してしまった。 解散から4年後の1988年に、The Raincoats の Gina Birch と Vicky Aspinall が 結成したポップデュオが Dorothy だ。このデュオはアルバムを残すことなく解散 してしまったが、知る限り4枚のシングルを残している。 Dorothy _Still Waiting_ (Blue Guitar, AZURX8, 1988, 12") - A)Still Waiting B)Prince Frog - A) Arranged by Dorothy. Produced by Phil Legg and Dorothy. Engineered by Phil Legg, Trigger and Kevin Petrie. B) Produced by Dorothy and Phil Legg. Engineered by Kevin Petrie. - Gina Birch, Vicky Aspinall; Gail Dorsey, Trevor Starr on A; Alan Gorrie on B この最初のシングルは、少々「セクシー」な感じに派手に着飾った2人の写真を ジャケットに使っている。元 The Raincoats で、The Gist や Essential Logic などの初期の Rough Trade で仕事をしていた Phil Legg の制作、ということを 考えると、このジャケットをとても意外に感じたものだった。 曲は Prince, "Still Waiting" 、緩いリズムもバラード曲のカヴァー。R & B / Soul (B面は Electro Hip Hop) の影響を受けた electric pop というアレンジに、 Gina Birch がちょっと鼻にかかったファニーな歌声で歌うというもの。その歌声が 簡素だがベースラインが重めの打ち込みの背景にびったりハマッて、良いポップ曲 になっていた。 その当時の音としては、1980年代前半から活動する Colourbox (4AD レーベルの electric pop バンド。"Pump Up The Volume" (4AD, 1987) で知られる M/A/R/R/S の母体となったバンドでもある。) や、Fine Young Cannibals, _The Raw And The Cooked_ (FFRR / I.R.S., 1988) など、似た雰囲気を持つ音だった。 ちなみに、このシングルは、remix 盤もリリースされている。 Dorothy _Still Waiting_ (Blue Guitar, RAZURX8, 1988, 12") - A1)Still Waiting (Hard Core Longing Mix) 2)Still Waiting (Acapella) 3)Still Waiting (Instrumental) B)Frog Prince - A) Produced by Phil Legg and Dorothy. Re-mixed by Howard Gray. Engineered by Tony Harris. - B)Produced by Dorothy and Phil Legg. Engineered by Kevin Petrie. remix は1980年代的なもので、比較的単純にリズムを強調したものになっている。 バックトラック無しのアカペラと、インストゥルメンタルのものの方が聴きもの かもしれない。 Dorothy _Loving Feeling_ (Blue Guitar, AZURX11, 1988, 12") - A)Loving Feeling B1)Sexual Obsession 2)Bitter Fruit (demo version) - A)Produced by Phil Legg and Dorothy. Engineered by Kevin Petrie. B1)Produced by Simon Rogers and Dorothy. Engineered by Ian Grimble. B2)Produced by Dorothy. - Gina Birch, Vicky Aspinall 続くシングルは自作曲のみだったが、タイトル曲は "Loving Feeling" はリズムも 重めで、スクラッチ音も派手目で、よりダンスフロア指向の強い音になった。 その一方、B面はむしろ歌物といった曲が収録されている。 ジャケットは _Still Waiting_ の続編とでもいうもので、ショッピングバッグに 埋もれて、購買欲を炸裂させているような女性像を演ずる、というものだった。 Dorothy _Reflections_ (Blue Guitar / Cooltempo, COOLX187, 1989, 12") - A)Reflections (Style 1) B1)Reflections (Style 2) 2)Reflections (R+R Instrumental) - Produced by Dorothy. Arranged by Dorothy and Noel "Baby Pop" Watson. Mixed by Smith & Mighty. - Gina Birch, Vicky Aspinall 2枚のシングルに続いて翌1989年にリリースされたシングルは、当時、まだあまり 知られていなかった Bristol 出身の Smith & Mighty の制作によるものだった。 Smith & Mighty はまだあまり知られていなかったが、同郷の Soul II Soul が メジャーになり、その Reggae と R & B を折衷したようなイギリスの音楽は Ground Beat は呼ばれていた。今なら Trip Hop で通じると思うが。このシングルで 聴かれる音もそういう音だ。 "Reflection" は Diana Ross & The Supremes の1967年のヒット曲なのだが、 アップテンポな R & B 曲ではなく、当時の Psychedelic な音に影響を受けたと 思われる音処理の、緩いテンポの曲だった。Smith & Mighty はその音処理をダブ 的なものとしてうまく再解釈していて、それが面白い。もちろん、Gina Birch の 鼻にかかったような歌声が、Diana Ross の歌声に似ているということも、妙に ハマッたカヴァーになっていたと思う。 しかし、Dorothy は、これらのシングルで注目を浴びるということもなく、そのまま 新しいシングルをみかけることもなく、消滅してしまった。そして、90年代に入って USA の Riot Grrrl が The Raincoats を再評価したこともあって、The Raincoats は再結成した。その後メンバーに変化があるものの、元祖 Riot Grrrl のような 位置づけの女性ロックバンドとして、The Raincoats は活動を続けている。そして、 その The Raincoats 再評価/再結成の中では、この Dorothy というデュオは、 あたかも存在しなかったかのように扱われている。 確かに、元祖 Riot Grrrl のような扱いの中では Dorothy は位置付け辛いバンド だと思う。単なる女性ポップバンドでしかないように見えるかもしれない。しかし、 Nellie Hooper の制作で Prince の歌を歌った、Sinead O'Conner, "Nothing Compare 2 U" (_I Do Not Want What I Haven't Got_ (Ensign, CHEN14, 1989, CD) 所収) と同じような位置にある試みだと思うし、それらが、Everything But The Girl の Massive Attack との共演や、アルバム _Walking Wounded_ (Virgin, VCD2803, 1996, CD) に繋がっていったと思う。もし、Dorothy の一連のシングルが、Massive Attack feat. Tracey Thorn, _Protection_ (Wild Bunch, WBRT6, 1995) と同頃に リリースされていたら、同様の試みとしてもっと注目されたのではないかと思う。 もちろん、1988-89年当時のダンス音楽の流行や機材の限界から、全く同じような 音になっているわけではないのだが。それでも、5年早過ぎた試みだった、と思う。 そして、僕は、再結成後の The Raincoats の音楽よりも、Dorothy の音楽の方に 可能性があったのではないか、と思わざるを得ないのだ。 1999/7/11 (originally written: 1999/1/10) 嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕