Adrian Shaughnessy (editor) _Sampler - Contemporary Music Graphics_ (Universe, ISBN 0-7893-0258-6, 1999) - 28cm x 23cm, pp.143, color. - Written and Designed by Intro. 1990年代後半 (1994年の作品もあるが) のCDパッケージを中心とした、音楽関係の グラフィックデザインを概覧するデザイン本が出た。もちろん、図版は全てカラー。 このデザイン本を僕が気に入っている一番の理由のは、扱われている音楽ジャンルの 幅が広いということ。Warp や Mo'Wax など techno や breakbeats のレーベルの 作品が目立つような気がするが、Brit pop のバンドの作品、USの post-rock 的な 独立系レーベルの作品、Verve や ECM などの jazz 系のレーベルの作品、さらに、 sound art / fine art の文脈の Lawrence Weiner の作品まで取り上げているのだ。 CDやレコードのジャケットを中心とした音楽に関するグラフィックスを扱った本と いうと、ある程度、音楽ジャンルによって範囲を限定したものが多い。音楽ジャンル 毎にデザインの類型があるのも確かなので、それは根拠があることだと思う。 しかし、そのジャンルの類型が、デザインを無難でつまらないものにしているのも 確かだと思う。その一方で、ジャンルを問わずに、それほど方向性も付けずに、 とりあえず網羅的にグラフィックスを集めた本がある。しかし、_Sampler_ は そういう本でも無い。 _Sampler_ は取り上げられている作品の数も限られており、明確な一つの方向性を 持って編集されている。単純にミュージシャンのポートレイトをあしらうような類の デザインは無く、対象物よりも色彩、テクスチャーを強調するような写真やイラストと タイポグラフィを合わせたようなデザインが中心である。それが、音楽のジャンル から独立した、自立的で作品性の高いモダンなデザインという印象を強く与える。 もちろん本全体も、London のデザインチーム Intro によって丁寧にデザインされ ている。基調になっているのは、グリッドシステムと Helvetica 系のサンセリフ・ フォントに基づく Neue Grafik 的なエディトリアル・デザインだ。中で取り上げ られているデザインもあいまって、ポップさというかキッチュさをほとんど感じ させない、非常にモダンな仕上がりのデザイン本になっている。 もちろん、この本にも惜しいと思う点がある。最も残念だったのは、この本を 企画したということで遠慮したのか、取り上げられた Intro デザインの作品が 少ないこと。Intro は1980年代末から活動しており、特に、Steve Barrow による 一連の reggae のリイシュー盤のデザインは、その代表作と言っていいものだろう。 Trojan レーベルでのリイシュー・シリーズはもちろん、1994年に Barrow が始めた Blood and Fire レーベルでは、そのレーベルのアイデンティティ・デザインを Intro は手掛けてきている。今や、reggae のCD売場に行けば、Intro を模倣した デザインのジャケットを多く見ることができるし、R & B / soul のリイシューの デザインにまでその影響は波及している。そんな Intro の代表作が一つも取り上げ られていないのだ。Intro デザインだけで、もう一冊、_Sampler_ のような デザイン本を企画してくれることを、僕は期待したい。 その他にも、この本で取り上げられても良さそうなのに取り上げられていなくて 残念なデザイナーはいる。やっぱり、world music や jazz といったレーベルの 扱いは弱いように感じる。例えば具体的に一人挙げると、1980年代半ばから JMT レーベルで、最近は Winter & Winter や Screwgun といったレーベルで アイデンティティ・デザインを手掛けている Steve Byram は、取り上げられても 良いようなデザイナーだと思う。もちろん、網羅的というわけにもいかないので、 漏れがあるのは仕方ないと思うが。 また、巻頭にある Adrian Shaughnessy によるエッセー "Nobody ever bought a record because they liked the cover" も、音楽業界におけるグラフィック・ デザインの位置づけの変遷など、興味深いものになっている。参考文献も充実 しており、非常に参考になるものだ。Shaughnessy のエッセーは ECM (Editionn of Contemporary Music), _Sleeve Of Desire_ (Lars Mueller, 1996) に載っている Peter Kemper のエッセーの引用から始まっている。エッセー中でも言及されて いるように、この本に収められているモダンなグラフィックによるレーベルの アイデンティティ・デザインの源流は、ECM に求めることができるのかもしれない。 もう一つの引用で気になったのは、Jon Savage, _Time Travel: From the Sex Pistols to Nirvana: Pop, Media and Sexuality_ (Vintage, 1997)。これは未読だが。 Jon Savage といえば、今年単行本になったジョン・サベージ『イギリス「族」物語』 (毎日新聞社, 1999; Jon Savage, _The History Of English Youth Culture_, 1990) はもちろん、名著 ジョン・サヴェージ『イングランズ・ドリーミング』(シンコー・ ミュージック, 1995; Jon Savage, _England's Dreaming_, 1991) もそうだが、 ポピュラー音楽をとりまくファッションやグラフィックスをちゃんと語ることが できる信頼できると思われる評論家だけに、気になる。 この _Sampler_ というデザイン本の企画、編集、デザインを出がけた Intro の Web site (http://www.introactive.co.uk/) のTOCページに、"Adventure in modern design" というコピーが見える。これは、UK の音楽雑誌 _The Wire_ のコピー "Adventure in modern music" のもじりだろう。この _Sampler_ に取り上げられて いる音楽ジャンルの幅の取り方、その中での方向性の付け方も、_The Wire_ 誌と 重なるものがあると思う。少なくともそういう意味で、_Sampler_ は "Adventure in modern design" を示した本になっていると、僕は思う。もちろん、_The Wire_ 誌 抜きでも "Adventure in modern design" と言えると思うが。 1999/6/20 嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕