Margit Rowell, Deborah Wye
_The Russian Avant-Garde Book 1910-1934_
(The Museum of Modern Art, New York, ISBN0-87070-007-3, 2002, book)

2002/3/28-5/21 に MoMA で開催された Russian Avant-Garde の詩人やアーティスト
が手掛けた本の展覧会のカタログは、25cm四方くらいの大判で約300頁もある力作だ。
論文の部分が5本で約60頁、図版も約200頁、インデックスだけで約50頁もある。

Russian-Avant Garde の本といえば、Vladimir Mayakovsky の 詩集や、El Lissitzky
や Alexander Rodchenko が装丁デザインを手掛けた本・雑誌 (例えば、Lissitzky
デザインの Mayakovsky, _For The Voice_ (1923) や、Rodchenko デザインの
Mayakovsky, _About This: To Her and To Me_ (1923)) などは、展覧会や二次資料
でそれなりに目にすることはある。Stenberg Brothers や Gustav Klutis など、
ポスターのデザインでよく見るデザイナーもいる。しかし、この本を観ていると、
まだまだ、いろんなアーティストがいたんだな、と思う。

このカタログで中心に据えられているのは、Mayakovsky でも Lissitzky や Rodchenko
でもなく、Aleksei Kruchenykh (亀山 郁夫 『ロシア・アヴァンギャルド』 (岩波新書)
のカタカナ表記はアレクセイ・クルチョーヌィフ)。ナンセンス語 "zaum" (ザウーミ)
で知られる Fururism の詩人なのだけれど、_Universal War_ (1916) のような、
カラフルで抽象的なコンポジション的なコラージュからなる素晴らしい本をはじめ、
装丁にこだわった自分で手掛けた本も作っていたと知ったのが、発見だった。

しかし、この本で最も気に入ったデザイナは、Vladimir Lebedev。cubism 風の絵画も
書いていた人のようだが、構成主義的なレイアウトながら、シャープな線使いでなく、
グラデーションの使い方とかもソフトな感じが良い。Avant-Garde 期に活躍した
アニメーション作家 Mikhail Tsekhanovsky とも絵の感触が似ていると思う。
この Lebedev だけでなく、絵本について "Books for Children" と1コーナー割いて
おり、El Lissitzky のデザインした絵本なども見られたのも面白かったが。

もう一つ、"Vernacular Variations And Judaica" というコーナーで、El Lissitzky
や Marc Chagall といったアーティストが手掛けたイディッシュ語/ヘブライ語 に
よる本をそれなりの数紹介しているのも、今まで見たことが無く、興味深かった。
用いられるヘブライ文字は、キリル文字やラテン文字とかなり体系が異なるので、
タイポグラフィにも苦労しているようにも思われるが。それでも、Lissitzky による
シャープな楔形文字のようなヘブライ文字など、キリル文字やラテン文字に無い
カッコ良さもある。

Aleksei Kruchenykh に Vladimir Lebedev などの絵本、そして、イディッシュ物など、
まだまだ興味深いものが Russian Avant-Garde にはあるんだなぁ、と感じた本だった。

論文は、まだざっと斜め読みしただけだが、Russian Avant-Garde の創造原理の一つを
「正典の脱構築」と捉え、Gutenberg 的な組版の脱構築の試みとして Kruchenykh ら
Russian Avant-Garde の試みを評価する Nina Gurianova, "A Game In Hell,
Hard Work In Heaven: Deconstructing the Canon in Russian Futurist Book" や
Gerald Janecek, "Kruchenykh contra Gutenberg" が興味深かった。最初の
Deborah Wye, "Art Issues / Book Issues: An Overview" は、Avant-Garde 云々
抜きにアートの文脈における "Artist's Book" / "Livre d'Artiste" の概論に
なっているのだが、わざわざそんな文脈に置かなくても、と思ってしまった。

2002/08/25
嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕