『ミュージックビデオ/新しい感受性をのせて』 東京都写真美術館, 目黒区三田1-13-3 (恵比寿), tel.03-3280-0033, http://www.tokyo-photo-museum.or.jp/ . 2002/12/22-2003/2/20 (月休;12/28〜1/4休;1/6開), 10:00-18:00. ビデオアートなどの映像表現の展覧会を観るたびに、ミュージックビデオに だって、これに負けないものはいくらでもあるし、もっとその表現に注目して 欲しいと思っていた。そういう意味で、このミュージックビデオを取り上げる 展覧会は、悪くないと思う。しかし、正直に言って不満の残る展覧会でもあった。 この展覧会は、「拡張するミュージックビデオ」題して洋楽邦楽を問わず70曲の ビデオを選び、上映し続けている。しかし、その選択の基準が極めて曖昧だし、 ほとんどがここ数年間のものを取り上げており、1980年代のものなど数えるほど しかないのだ。しかも、スタイルなどによる分類をしよう、という意思すら感じ られないものだった。ミュージックビデオが、どうやって様々な表現語彙を 獲得していったのか、どういう表現の革新があったのか、という視点が全く 欠けていた。これは、Michel Gondry という1990年代に入って頭角を現した作家に、 レトロスペクティヴの焦点を当てられていることにもいえる。こういう体系化、 歴史化の意図を欠いたまま美術館で取り上げるやりかたは、美術館で取り上げれば アートになるとでもいう制度の濫用を感じて、どうも如何わしく感じてしまう。 僕が最もミュージックビデオを楽しんで観ていたのは、1980年代前半だ。当時は、 まだ、ミュージックビデオという表現が立ち上がったばかり。今ほど手法的に 洗練されたものはなかったけれども、まだ表現上の約束事が少なく、様々な試行錯誤 が行なわれていた。1980年代前半に活躍した Godley & Creme など、その表現語彙の 形成に大きく貢献していたと思う。(こういう作家こそ、レトロスペクティヴと して焦点を当てられるべきだと思うのだが。) しかし、今回展覧会で上映されていた ビデオ作品のほどんどは、そういう約束事が自然なものとなってしまった後の作品 だったと思う。そういう所が、観ていて退屈に感じるところだ。 この展覧会を観ていてつくづく思ったのは、1980年代の New Order のビデオ作品は、 良く出来ていたのだなぁ、ということ。Jonathan Demme (dir.), "Perfect Kiss" (1985) は、演奏風景のNGだけを集めたような作品だったわけだし。Kathryn Bigelow (dir.), "Touched By The Hand Of God" (1987) は、HR/HM のミュージックビデオ の類型をパロディにしたものだった。このようなミュージックビデオという表現自体 に対する批評性が New Order のビデオの特徴の一つだったと思う。(この表現に 対する批評性は、彼らのドキュメンタリービデオ _New Order Story_ (1993) でも、 大いにに発揮されていたと思う。) そして、それは、今回の展覧会に欠けたものだ とも思う。もちろん、Robert Longo (dir.), "Bizarre Love Triangle" (1986) の 映像としてカッコ良さも、Philippe Decoufle (dir.), "True Faith" (1987) の ダンスの面白さも、この展覧会で挙げられている作品に比べても見劣りしないと思う。 こういう企画上の不満はあるけれども、個別の作品については、観ていて面白いと 思うものはあった。最近は、ちゃんとミュージックビデオを観ることは稀なので、 最近の面白そうな作品をまとめて観るいい機会になった。 特に、焦点を当てられていた Gondry の The Chemical Brothers, "Let Forever Be" (1999) は、登場人物の phisycal theater 的な動きと、編集上の技巧 (モーフィング やズーム) の組み合わせがとても巧くて、この展覧会の上映作品の中で最も気に いったものだった。そういう点では、焦点を当てられるだけある、とは思った。 Gondry のレトロスペクティヴの方は、観客に立見を強いるようなブースもあって ビデオの展示としては最悪だったと思うけれども。70曲のビデオを上映している ギャラリーは、カウチポテトな格好でゆっくり観られるようになっていた。これは、 ありがちなベンチに座らせるようなスタイルより良かったと思う。 2002/12/23 嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕