『幻のロシア絵本1920-30年代』 東京都庭園美術館, http://www.teien-art-museum.ne.jp/ 港区白金台5-21-9 (白金台,目黒), tel.03-3443-0201. 2004/7/3-9/5 (休7/14,28;8/11,25), 10:00-18:00. 1920年代から30年代にかけてロシアというかソヴィエトで制作された絵本の展覧会だ。 同時代の Avant-Garde の芸術運動や Art Deco のデザインの影響を強く受けた テキストとイラストレーション、グラフィックデザインが堪能できる展覧会になって いる。今まで Avant-Garde のグラフィック・デザインの展覧会の中で断片的に観る 機会があったけれども、200冊近くをまとめて観ることができるという点で貴重な 展覧会だ。 大人向けの Avant-Garde なデザインのポスターなどと、デザインのセンスが大きく 違わないというのも興味深い。ロシア革命直前の識字率は30%程度であり、そういう 人たち有効に政策等を効果的に伝えることが Avant-Garde のデザインの目的の一つ であったことを考えると、特に富国強兵を訴えるような教宣的な絵本のデザインが ほとんど変わらないのは、当然なのかもしれない。 V. Mayakovsky をはじめとする Avant-Garde の大物芸術家が手がけたものもある のも、見所の一つだ。手がけた作家はもちろん、出版数の多さにも、革命直後の子供 に向けられた期待の大きさを感じるところもある。児童福祉を含む社会福祉を意識 した社会主義の影響ということも大きいと思うが。 もともと、Avant-Garde のデザインは近代的なイデオロギーが、端的に表現されて いることが多い。子供向けの絵本の場合、啓蒙を意識してか、教訓的な物語や社会 のしくみの説明という中に、非常に端的に表出しているところがある。よく出来た 絵本ほど、近代の本質を簡単な言葉と絵でずばり突いているように感じられる。 それがカッコいい。 革命による近代化で社会がどう変わるのかを描いた『昨日と今日』 (S. Marshak, V. Lebedev, _Vchera i Segodnya_, 1931) など、映画『古きものと新しきもの』 (Sergey Eisenstein (dir.), _Staroe i Novoe_, 1929) を思わせる題材といい、 書体を変えるなどタイポグラフィにも凝った Avant-Garde を思わせるデザインと といい、この展覧会の中で最も気にいった作品だ。当時の最先端の国際航空郵便を 含む近代的な国際郵便制度の素晴らしさを描き、それを支える郵便に携わる労働者 を讃えた『郵便』 (S. Marshak, M. Tsekhanovskij, _Pochta_, 1927)、様々な 近代的な職業を紹介しつつ大人になったらどんな職業に就きたいかと問いかける 『何になるか?』 (V. Mayakovsky, N. Shifrin, _Kem Byt'?_, 1932) なども、 同様のカッコよさがある。 といっても、そういう教宣臭さの無い絵本も楽しんだ。この展覧会で大きく フィーチャーされている絵本作家 V. Lebedev と V. Konashevich の作品など、 どれも楽しそうな絵本だ。特に 『サーカス』 (S. Marshak, V. Lebedev, _Tsirk_, 1925) は、デフォルメして簡略化した絵から躍動感を最大限に引き出して いるような所がとても楽しい仕上がりだ。 この展覧会でもう一点興味を引いたところは、このような 1920-30年代の絵本が、 その後どのように変わったのか、第二次世界大戦後にリメイクされた絵本も展示 しているところだ。Avant-Garde の末路についてはそれなりに知ってはいるものの、 大人向けの芸術だけでなく子供向けの絵本ですらここまで変わってしまうのか、 と感慨深かった。 この展覧会は日本国内のコレクションを元に企画されているのだが、出展数の 約半数と中心を占めているのが、具体美術協会 で知られる 吉原 治良 が遺した コレクションである。その 吉原 治良 が作った絵本 『スイゾクカン』 (1932) は、 魚という題材や構図に日本的なものを感じさせつつ、ロシア絵本の技法をよく消化 していると感じさせるところもあって、良いと思った。 1920s の Avant-Garde の美術・デザインに興味がある人には、子供向けの絵本だと 侮らずに観て欲しい展覧会だ。 芦屋市立美術博物館+東京都庭園美術館 (企画・監修) 『幻のロシア絵本1920-30年代』 (淡交社, ISBN4-473-03166-7, 2004) この展覧会のカタログは、一般の書籍としても売られている。 沼辺 信一 (監修) 『「幻のロシア絵本」復刻シリーズ 全10巻』 (淡交社, ISBN4-473-03189-6, 2004) 1)『サーカス』 (S. Marshak, V. Lebedev, _Tsirk_, 1925) 2)『おろかな子ねずみ』 (S. Marshak, V. Lebedev, _Glupom Myshenke_, 1925/1928) 3)『荷物』 (S. Marshak, V. Lebedev, _Bagazh_, 1926/1927) 4)『しましまのおひげちゃん』 (S. Marshak, V. Lebedev, _Usatii Polosatii_, 1930/1931) 5)『火事』 (S. Marshak, V. Konashevich, _Pozhar_, 1923/1932) 6)『あわれなフェドーラ』 (K. Chukovskij, V. Tvardovskij, _Fedorino Gore_, 1924/c.1928) 7)『おもちゃ』 (A. Olusf'eva, L. Popova, _Igrushki_, 1928) 8)『紙とはさみ』 (L. Yudin, V. Ermolaeva, _Bumaga i Nozhnitsi_, 1931) 9)『郵便』 (S. Marshak, M. Tsekhanovskij, _Pochta_, 1927) 10)『特別な服』 (B. Ermolenko, _Spechodezhda_, 1930) 展覧会に合わせて10冊の絵本が復刻されている。装丁まで当時のものを再現した上、 一冊ごとに保存用のケースに入れられ、ボックスセットとなっている。復刻された ものが、かわいいものに偏っているようにも思うが、カタログの図版では絵の大きさ や質感などが伝わりづらいので、こういう復刻は嬉しい。 2004/07/25 嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕, http://www.kt.rim.or.jp/~tfj/talk/