Bill Viola, _Hatsu-Yume (First Dream)_ 森美術館 2006/10/14-2007/1/8 (会期中無休), 10:00-22:00 (火10:00-17:00,1/2 10:00-22:00) - "The Stopping Mind" (1991), "Heaven And Earth" (1992), "The Greeting" (1995), "The Veiling" (1995), "The Crossing" (1996), "Anima" (2000), "Dolorosa" (2000), "The Quartet of the Astonished" (2000), "Catherine's Room" (2001), "Five Angels for the Millenium" (2001), "Four Hands" (2001), "Silent Mountain" (2001), "Surrender" (2001), "Observance" (2002), "The Raft" (2004) 1970年代現代音楽家 David Tudor の Rainforest Ensemble のメンバーとして活動し、 1980年代からビデオを使った作品を制作してきている Bill Viola の1990年以降の ビデオインスタレーション作品を集めた展覧会だ。高解像度高速度カメラによる スローモーション映像を使った静止画・絵画とビデオの狭間の表現を堪能できた 展覧会だった。 最初の展示室の作品 "The Crossing" からぐっと引き込まれる。ギャラリー中央に ある幅2m高さ4mくらいスクリーンの両面に、火に包まれて消える男と水に包まれて 消える男をそれぞれ投影している。火と水の対比、スクリーンの両面に投影すること により一度に見えないようにすること、などのシンプルなコンセプトも悪くない。 むしろ、シンプルなコンセプトゆえ、映像がよりストレートに観るものに訴えかけ ているように思う。そして映像の鍵は、炎の細かい揺らめき、水の細かい飛沫を 捉えくっきりと可視化する高解像度の高速度カメラを使ったスローモーション映像だ。 また、男か炎の中に姿を消す映像を作るために、少くとも、歩いてくる男の映像、 燃え上がる炎の映像、燃え上がる男の人形の映像の3つを重ねて繋いでいるはずだが、 重ね繋ぎのアラを感じさせない丁寧な編集が行われている。このような、コンセプト 止まりとならない映像の細部が、Bill Viola の作品の説得力を生み出している。 2者の対比といえば、男女の映像を対比した "The Veiling" は "The Crossing" と 対照的だ。レースのように薄い布が50cm程の間隔をあけて10枚層状に吊るされ、 その両面から男が林を彷徨う映像と女が彷徨う映像が投影されている。その映像は 吊るされた布のそれぞれに投影されつつ、互いに交わっていく。横から眺めて いると、映像が明るさでコールアンドレスポンスしたり、男女の映像が交わり 溶けあったりするようで面白い。決して同時に観られない "The Crossing" に対し、 "The Veiling" では同時に溶け合うような映像しか観られない。また、"The Veiling" は、半透明のスクリーンの性質上、高解像度が生きるものではない。そういう点 でも対照的だ。投影される映像は、アメリカの郊外の林の中らしきもので、 その不自然なライティングといい David Lynch の映画 (もしくは _Twin Peaks_) のシーンを連想させられた。幻想的というよりも若干悪夢が入っているようにも 感じられた。 高解像度高速度カメラを使ったスローモーション映像を使って、スチル写真的と いうよりも絵画的なものとビデオ的なものの狭間を狙った作品も興味深かった。 ぱっと観は絵画を観るようである一方、その微妙な動きの積み重ねが絵画には無い 展開を生んでいて、ビデオとも絵画でもないものになっているように感じられた。 "The Greeting" のような元ネタ (イタリア (Italy) の Mannerism の画家 Jacopo da Pontormo の同名の絵画 (1528-1529)) があるものはもちろん、 "The Quintet of the Astonished" にしても宗教画的な雰囲気すら持っている。 男女の嘆き悶える姿と捉えた "Silent Mountain" は雰囲気は現代的だが、やはり スチル写真というより絵画 (例えば Robert Longo とか) を連想させられる所が あった。このような絵画的な画面は、Viola の演劇的とも感じる演出もあると思うが、 自然光ではない強いライティング (おそらく高解像度高速度カメラを使用するため) によるところもあるようにも思う。 最後の展示室の "The Raft" は、絵画的なものとビデオ的なものの中間を狙いつつ、 "The Crossing" のような高解像度高速度カメラならではの水飛沫などの質感の 表現も狙ったような作品で、もっとも興味深く感じられた作品だ。アメリカの都会 を行くような様々な人々が立ち並ぶところに、高圧の水が大量ににあびせかけ られる様子を捉えている作品だ。その様子は不条理というか馬鹿げているようであり、 その人々のリアクションもスローモーションもあって劇的にすら感じる。 "The Crossing" のシンプルさからぐっと表現が進んで、作家の意図ではないかも しれないが、災害の不条理に立ち向かう人々のメタファーとすら感じられる作品 に仕上っていたと思う。この展開というのも、とても興味深かった。 sources: Bill Viola, http://www.billviola.com/ 森美術館, http://www.mori.art.museum/ 2006/11/19 嶋田 丈裕, http://www.kt.rim.or.jp/~tfj/talk/index.html _ _ _ 森美術館の展覧会に合わせて、以下のようなビデオ上映会が行われている。 A〜Hの8プログラムが上映されているが、そのうちE、Fプログラムを観てきた。 Bill Viola, _Video Works_ NTT ICC 2007/10/14-12/24 (土日祝のみ), 10:30- Eプログラム: "Hatsu Yume (First Dream)" (1981), 56'00" Fプログラム "Reasons For Knocking At An Empty House" (1983), 19'11" "Anthem" (1983), 11'30" "Reverse Television -- Portraits Of Viewers" (1984), 15'00" "Angel's Gate" (1989), 4'48" "Hatsu-Yume (First Dream)" は森美術館の方の展覧会のタイトルにもなっている日本で 撮影した作品だ。制作年からして、森美術館に展示されている作品のような高解像度では ないのは判っていたとはいえ、やはりかなり雰囲気の異なる作品だった。画質の悪いぼんやり した映像が夢という感じなのだろうか。これで56分は長過ぎに感じた。濡れた窓越しの映像や 水中のゆらめく鯉の映像など、確かに現在の作品のアイデアのルーツと思われる所もあったが、 どうしてこの作品のタイトルを森美術館の方の展覧会のタイトルにしたのか、納得できなかった。 "Reasons For Knocking At An Empty House" は、通りに面した空室に男性が一人何を するでもなく様子を2〜3日定点撮影した様子を20分に編集した映像で、通りを走る車の音などが 音楽的に聴こえてくるくらいミニマルな感じが面白かった。"Anthem" も崩落したり少々グロ かったりする断片が繋がれていく映像よりも、引きのばされた叫び声のような音が印象的だった。 このような音の良さは Rainforest Ensemble の一員だっただけあるようにも思う。 一方、"Reverse Television -- Portraits Of Viewers" はテレビに向かっている人々を 捉えて繋げた映像で、スチル写真のスライドショーでやっても充分のように思ってしまった。 少し制作年代が下って、"Angel's Gate" は、森美術館の展覧会の Five Angels for the Millenium" と共通するようなイメージもあり、それが興味深かった。 森美術館の高解像度の作品を観た直後だったせいか、観た作品はどれも画質の悪さが気になって しまった。制作年代的にも仕方無いこととは思うが。森美術館の展覧会が良いと自分が感じた ポイントは高解像度高速度カメラによる鮮明で滑らかなスローモーション映像だと、改めて 確認できた。 あと、スクリーン上映だから目立ってしまったのであって、20インチ程度のディスプレィで あれば気にならないかもしれない。スクリーン上映というスタイルで良かったのかという問題も あったように思う。 sources: Bill Viola, _Video Works_ @ NTT ICC, http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2006/Billviola/index_j.html 2006/12/12 (2006/11/23) 嶋田 丈裕, http://www.kt.rim.or.jp/~tfj/talk/index.html