ジャン=クロード・カリエール 「ぼくの伯父さんの休暇」 (リブロポート, ISBN4-8457-1046-3, '95/11/7) Jean-Claude Carriere "Les Vacances De Monsier Hulot" ('58) - 訳 by 小柳 帝 - pp.238, 1236円 シネ・ヴィヴァンでの再映もあってJacques Tatiの映画がかなり話題になって いるようだ。そのTatiの映画でありM. Hulotシリーズ一作目でもある映画の 小説化がこの本。それも、小説化しているのが、Louis Bunielのフランス時代 の映画「欲望のあいまいな対象」などの脚本を書いているJ.C. Carriereだ。 小説化は少々凝っていて、M. Hulotではない映画の中の登場人物のバカンス 中の日記、という形式をとっている。この日記の書き手に選ばれた登場人物が 意外というか、映画の中ではあまり目立たない平凡な人だけに、面白いな、 とは思った。 映画の中のシーンはだいたい忠実にこの小説の中で描かれているのだが、 映画の画面で観られるような動きを中心としたギャグは小説化してもしょうが ないこともあり、微笑ましいダメ男の話という感じになってはいる。それは 悪くはないのだが、日記の書き手がM. Hulotに好意を持ちすぎているのが、 少々鼻につく。M. Hulotの日常の平穏を破壊し異化する道化的な面は、 映画では鑑賞者にもその異化作用を直接働きかけるが、この小説では日記の 書き手を通して解釈されるべきもの、といった具合だ。こういったところに 小説化の限界を感じる。 ちなみに、挿絵が多く入っているのだけれども、これはJacques Tatiの映画 ポスターの絵を手懸けているPierre Etaixによるもの。この線画がしゃれて いるのは気に入った。装丁も原書を摸しているかのようで面白い。 さて、このブームに乗ってか、Jacques Tatiの2作がセルビデオ化された。 まずは去年の7月頃にレイトショーで公開されていたこの作品。 「トラフィック」 (カルチュア・パブリッシャーズ, CNAS-1001, '95, VHS) "Trafic" - Directed by Jacques Tati - 1971, 98min M. Hulotシリーズの最後の作品。カラーなのだが、M. Hulotシリーズの中で 最も画面構成が美しい作品なのだが、ビデオになって小さなTV画面で観ると、 幾何学的な構成が面白いその画面の迫力が半減してしまうのが残念。 ビデオ化というのであれば、むしろ、こちらが注目かもしれない。 「パラード」 (カルチュア・パブリッシャーズ, CNAS-1002, '95, VHS) "Parade" - Directed by Jacques Tati - 1974, 85min もともとスェーデンのテレビ局のためにビデオ撮影されたものということで、 もちろん日本では未公開の作品。 Jacques Tati扮するM. Loyal率いるサーカスの様子を実況中継、という感じの 作品である。サーカスといっても、かなり大道芸的なもので、ジャグリングや パントマイム、観客を巻き込んでのものとしてはロデオといったものが目に つく。典型的な客の反応を巧く画面にとらえて笑いにしているところも多いが、 大道芸を見慣れている人ならお馴染みのやり方ともいえる笑いを観ることが できる。M. Hulotシリーズに比べると、かなり味わいが違う作品だが。 John Barthはアメリカ・ポストモダン文学のマニフェストとも文学のスワン・ ソング(臨終の歌)とも言われる「尽きの文学」("The Literature Of Exhaustion") (「金曜日の本」(筑摩書房, "The Friday Book" ('84))所収)で、 「個人的には、ぼくは伝統的な線にそって反逆することを選ぶ気質であるから、 どちらかと言えば多くの人が真似できないような芸術を好む。(中略)ポップ・ アートを、ぼくは生き生きとした会話をエンジョイするようにエンジョイするが、 概してボールティモア市の旧演芸場のジャグラーや軽業師の方に感動する。 (中略)だれもが思いつき、論じることはできるが、ほとんどだれひとり実行する ことはできないことどもをやってのけるのだ。」(p.97) と言っている。よくできた大道芸の面白さ、特に観客を巻き込んで場を異化する 面白さというのは、一度体験してみる価値があると思うが、このビデオではそう いった大道芸の面白さを垣間見ることができるように思う。そして、こういった ことがJacques Tatiの映画の一連の面白さの主要な点にもなっていると、この ビデオを観て思った。 といっても、Tatiの笑いの原点というか方法論をメタに描いている、いままでの 自分自身の映画の映画よる批評という感もある。そういう意味では、まずは、 M. Hulotシリーズで直接的な笑いを体験するほうが良いかもしれない。 96/1/8 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕