奥能登までの片道7時間の一泊出張旅行と、伊香保までの片道3時間のバス日帰り 旅行が祟って、腰の調子がおかしくなってしまったTFJです。7月21日は雨がちと いうこともあり、自転車で走り回るのも止めて六本木シネヴィヴァンへ映画を 観に行くことにした。−結局、映画館のシートでさらに腰を痛めてしまったが。 直行しても上映開始時間まで1時間余りありそうだったので、その前に銀座に出る ことにした。日曜はほとんどの画廊が休廊とはいえ、ファッション・ビルの イベント・スペースのような所は開いている。 銀座駅の銀座四丁目交差点下あたりで、目についたのが、「社会の窓」のポスター だった。 ・ ・ ・ 社会の窓 ギンザ・コマツ 4F AMUSER, 中央区銀座6-9-5 (銀座) 96/7/19-8/18, 11:00-20:00 - 平川 典俊 Nobody could care less about your private life. この展覧会の題の中の社会とは、(作家と)キューレターの社会である。会場には 数台のパソコンのタッチディスプレイが並べられており、そのメニューに従い、 選ばれたキューレターのプロフィールを追うことができる。そのプロフィールは 執筆した著書や企画した展覧会などのデータを用いたものではなく、作家自身が 語る様子を捉えたモノクロでフレームレートの低い動画と音声で、である。 ちなみに、選ばれた12人のキューレターは、新見 隆、椹木 野衣、南條 史生、 出原 均、福田 篤夫、塩田 純一、光田 由里、中村 敬治、四方 幸子、長谷川 祐子、 飯沢 耕太郎である。 この美術展を支えている美学は、美術展に来るような人なら作家やキューレタに− 作品やキューレションではない−興味を持つのは当然である、というものだ。 美術をとりまく社会機構をわざわざ人が観るに値するだけのものに仕立て上げる ための工夫など、ここには無い。 しかし、一人のキューレターのインタビューを見るだけで5分はかかろうものを、 いったい誰がわざわざ観るというのだ。誰も人のプライヴェートな生活になど気に かけていないというのに。 平川 典俊といえば、"Ripple Across The Water"で表参道公衆便所を使った展示も 印象深い作家だけに、こういう作品はちょっと残念だ。むしろ、1Fの入口脇に展示 されている作品"事の終り"の方が、展示されている場所も含めて、面白いだろう。 ・ ・ ・ 東京電力のお客様相談室でもあるプラス・マイナス・ギャラリーは、いわゆる テクノロジー・アート、インスタレーションを中心に取り上げるギャラリーで、 最も好きなギャラリーの一つだ。10年前の大学生時代からほとんど全ての展覧会を 観に行っている程だ。 4G44 プラス・マイナス・ギャラリー, 中央区銀座8-8-5 (新橋,銀座) 96/7/1-8/31, 9:00-18:30 (日祝12:00-18:00) - 橋本 茂樹 + 初芝 久嘉 "VR S.M."を観たとき、去年の"カナダ現代美術展"@世田谷美術館で観た、 ヤナ・スターバック(綴り不詳)の"Remote Control"を思い出した。 しかし、"Remote Control"が社会における女性の抑圧の機構を作品化したもの だとすれば、この"VR S.M."は何を作品にしているのだろう。 逆にその対象の曖昧さが、4G44 (橋本 茂樹 + 初芝 久嘉) の魅力でもあり、 弱点なのかもしれない。対象の曖昧さは、近代以降の社会では「抑圧が日常として 宣伝されている」ということの自然な反映のようにも思える。しかし、もっと 鑑賞者にその日常を問い直させるような居心地の悪さがあっても良いように思う。 96/7/21 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕