毎月いきつけのジャズ喫茶に置いておく雑誌が、"SWITCH"でも"GQ"でもなく "エスクァイア日本版"なのは、「柴田元幸が案内する「現代小説のフロンティア」」 という短編小説の翻訳の連載があるから、と言いきれるTFJです。熱心な(現代)文学の 読者ではないが、それでも楽しみな連載だ。 この連載で興味を持った作家の単行本が出た。 バリー・ユアグロー 「一人の男が飛行機から飛び降りる」 (新潮社, ISBN4-10-533401-8, '96/7/30) Barry Yourgrau "A Man Jumps Out Of An Airplane" ('84/'87) - 柴田 元幸 訳 - pp.316, 2200円 長さ1〜3ページ程度の非常に短い作品を集めた短編集。もともと"A Man Jumps Out Of An Airplane"と"Wearing Dad's Head"の2つの短編集を併せたもので、約300ページの 中に149の短編が詰まっている。話はそれぞれ完全に独立しており、それも描かれて いる状況は絶対にありえない・ありそうもないことなのだが、ファンタジックという には奇妙の現実的で、言葉遊びによるナンセンスのようなものはほとんどない。韻を 踏んだものはあるかもしれないが、翻訳しかないので不明だが。80年代から自作品の 朗読パフォーマンスをしているそうで、朗読を前提とした作風のようにも思える。 ちなみにDavid Byrne (ex Talking Heads)がかなり気にいっているようだが、"True Stories"を撮った彼のこと、さもありなんといったところか。 このような奇想天外な1〜数ページ程度の短い作品を集めたものといえば、Richard Brautigan "Trout Fishing In America" ('67) (翻訳は「アメリカの鱒釣り」(晶文社)) やその続編ともいえる"Revenge Of The Lawn" ('70?) (翻訳は「芝生の復讐」(晶文社)) を思い出させられるが、趣はかなり異にするものだ。 一つの違いが、Brautiganが形式を弄んでいる感があるのに対し、Yourgrauはほとんど 同じ形式を踏襲している。語りの時制は現在を用い、間説話法はほとんど用いず引用 符号を用いている。言葉遊びどころか、オノマトペすら少ないように思える。それが 独自の世界を築きあげているようでもあり、単調で物足りない点だ。 逆に題材となると、Brautiganの作品はかつては意味があったものが壊れた感もあり −そもそも釣り文学をうけている点もある。−それが、感傷と冷笑とでもいう感覚を 生んでいるが、Yourgrauの作品にはそういう歴史的な重みが感じられない。Brautigan "Trout Fishing In America"が書かれたのが60年代後半ということもあるのかもしれ ないが、それがYourgrauの形式の単調さを生んでいるようにも思うのだ。 よく出来た四コママンガを読んでいるような面白さはあるが、考えさせされてしまう ようなひっかかりには欠ける。すっと入ってきて通り過ぎて行く短編集だった。 そんなに悪くないけど、もう少し辛辣さが欲しい。軽すぎて、秋の夜長向けではない ように思うが、ちょっと空いた時間の気分転換にどうぞ。そういう意味では、マンガの 単行本くらいの軽い装丁で出して欲しかった。 96/9/1 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕